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【短編小説】再犯率 ゼロパーセント

町の入り口、商店街中央通りはもう随分と寂れていた。なまぬるい風が吹くたび、シャッターの錆がうつろな呻き声をあげる。こういう通りには、杖を突いた老人あたりがお似合いなのだが、それすらもいない。白昼堂々幽霊でもでそうなくらい、鬱屈とした暗がりが四方に立ち込めていた。胡散臭い街だ、と思ったのは今日が初めてではない。引っ越してくる前から、この街の噂は聞いていた。なんでも、「再犯率ゼロパーセント」といわれているらしい。くだらない、どこぞの莫迦が、適当なことを言いふらしているだけだろう、と聞き流していたものの、薄気味悪いこと極まりなかった。
 
                 *
 
 借りたアパートの一部屋から見るに、なるほど、この街には活気がなかった。夕方四時にもなれば、公園の和気あいあいとした声が届きそうなものだが、それもない。人の気配が消えている、とは少し大げさかもしれないが、この街は、とっくのとうに死んでいるらしかった。
陽が沈むまでに、さほど時間はかからなかった。夜の色が迫る西の空をみあげ、ふと、俺は腹が減っていたのだと思い出す。夕飯を作る気力も腕も、まして食材もなければ、空っぽにまみれた腹を満たしに、町はずれのコンビニを目指すしかなかった。
 
どんな街でも、コンビニはさして変わらないのだなぁ、と思ってみる。確かに、当たり前のことではあるのだが、軋んだ自動ドアの向こうはおおよそこれまでと同じものだった。
 とはいえ。
「―イラッシャイマセ」
 このレジ打ちのロボットだけは、どうにも慣れなかった。
 
ロボットが本格的に普及し始めたのは、今から十年前くらいだ。安く大量生産できるようになったロボットたちは、「人に劣らぬ労働力」というキャッチコピーと共に、様々な方面で活用された。特に、少子高齢化が加速する日本社会において、賃金を必要としないロボット従業員は大変喜ばれ、瞬く間に社会に溶け込んだ。
しかし。物事には必ず、メリットとデメリットがある。
後先考えずに無茶をやるものだから、俺のような無職やアルバイトが増え続けているらしい。「人に劣らぬ労働力」の分際で、人に成り代わられては困るのだ。
 
いくらかの総菜パンとおにぎりを適当にかごに放り、いささか乱暴に、レジに突き出した。 

「レジブクロハ、ゴリヨウニナラレマスカ」
「・・・・・・背中のリュックサックが見えねえのかよ、ロートル」
「ショウチイタシマシタ」

 相手が人間じゃない、まして仕事を奪った野郎ともなれば、高圧的な態度にもなるというものだ。すました金属の頬に、一発お見舞いしてやろうか、とも思った。

「660エンニナリマス」
「―クソが」

どうも旧式というのは頼りにならなくてしょうがない。 
何を勘違いしたのか、レジ袋にパンを入れ始めたポンコツに沸々と怒りが湧く。悪態をついて気分が晴れるなら良かったが、そうしたところで現状が変わるわけでもない。無造作に入れられたパンは、少し歪んでいた。

「レシートハゴリヨウニナラレ・・・・・・」
「うるせぇ‼ だいたい、ポンコツのくせして―」

―ガッシャァンッ‼‼

「金をだせ‼」

 入口の自動ドアをたたき割って、野太い男の声が響く。咄嗟の出来事に、俺は思わずしりもちをついた。
 二人組。男。金属バット。
 あからさまな見た目に、それでもポンコツは事態を把握してはいなかった。

「―イラッシャイマ」
「じゃまだ! ポンコツ!」

 金髪の背の高い方が、カウンター越しに殴りつけた。鈍い金属音が響き、憎たらしいほどに滑らかな横顔に、あからさまな亀裂が入る。間髪入れず、もう一人がその亀裂へ、スタンガンを押し込む。血の代わりに、オイルと細やかな破片をまき散らしてロボットが激しく悶える。が、幾数回かの痙攣の末、遂に動かなくなった。辺りに、伝導液特有の甘酸っぱい臭いが立ち込める。突然の出来事に俺は、こみ上げた猛烈な吐き気を飲み込むので精一杯だった。

「さて、と」

 男たちの手際は、決していいものではなかった。ただ無造作にレジを叩き壊して、中の金銭をリュックサックに、或いはポケットに詰めただけだった。

「おい、あんちゃん。」

 尻もちをついて呆気に取られていた俺に、金髪の男が声を掛けてきた。

「っ!」

「怯えるこたあねえ。取って食おうってんじゃねえんだから」

 鈍器を床に放りながら、彼はそういう。外した軍手の下には、いくつもの古傷と大きなタトゥーが見える。―なるほど、少なくとも「まとも」な人間ではないわけだ。

「俺たちが言うのもなんだが、早く逃げた方がいいぜ」
「サツに捕まると面倒だからな」

 カウンター奥に並んでいた煙草に火をつけ、男はそう言う。

「―え?」
「早めに叩き壊したが、たぶん通報されただろうな。こんな町はずれでも、あと五分もすれば警官が来る」
「お、俺は何も―」
「バァカ、お前さっき、そのポンコツに色々言ってたろうに」
「ロボット共を嫌ってるってぇなら、おめぇも疑われるぜ」 

 首まで心臓が上がったかのように、息苦しくなる。つい先ほどの自分が、まるで他人のように憎らしかった。

「―ッ」
「じゃあな」

 心のように砕け散ったガラスを踏み砕いて、男たちは俺を置き去りにした。冷たい夜風が忍び寄るそこに残ったのは、うつろな激情と、砕けた鉄屑と、ひどく大きな後悔だった。
 
気づくと、俺は屑鉄を殴りつけていた。憎しみを握る手が、金属で軋むのもいとわずに。やりようのない苛立ちをぶつける子供のように。狭苦しい檻を壊さんとする獣のように。
 
何度も、何度も。

                  *
 
あの後どうやって家に帰ったか、よく覚えていない。
体に残ったアルコールが、脳天に鈍痛を走らせた。床に転がった空き缶を蹴飛ばして、ようやっと体を起こす。が、頭が回らない。視界も揺れ歪んだままである。朝ごはんでも食べれば、或いは―
 
ぴんぽーん
 
と、頭の悪そうな呼び鈴が、思索に溺れた脳を呼びおこす。深いため息の末に開けた扉の先には、見慣れないロボットがいた。

「ケイさツノモのでス」 ―あぁ。そうだろうな。

 妙に清々しかった。別に捕まることを望んでいたわけではなかったが、かといって拒んでいたわけでもない。あれだけ警察を怖がっていた自分とは何だったのか、と思うほどだ。

「キのう、ゴゴ6ジはンゴろ、コンびニニイましタネ」

変な感じがした。いや、何かがずれているような、釈然としない、何とも言えない違和感が肌を撫でる。なんだ?

「ショマでごドウこウネガエマすカ」

 奇妙な片言だった。アルコールのせいかと思っていたが、どうにも違うらしい。ロボットにしては流暢な発音で、あたかも、人間がロボットのまねごとをしているような―。

「ショマデごド、ウ、ぅ・・・・・・ア、ガァ・・・・・・」
 背の高いほうから、妙なノイズが聞こえる。
 
「ニ、逃げ、・・・・・・アン、チャ・・・・・・ン・・・・・・」
 
制服と手袋のすき間から、あのタトゥーが見えた。


あとがき 「それでも世界は美しい」

ロボットの普及と少子化が紡ぐ未来を想定した世界観。

ロボットの普及は、果たして良いことなのか。

ロボットに人権はあるのか。

法律は適用されるのか。

ロボットが人を殺したら罪なのか。
人がロボットを殺したら? 

今はたいして問題ないように見える。

けれど、「未来」でも、それは果たして同じなのか?

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