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遂にハイブリッド車は電気自動車に駆逐されるのか

電気自動車市場が、中国を中心にかなり急激に成長している話題が連日メディアを賑わしています。では、これまで数十年間にわたり、省エネ・エコカー領域で圧倒的な存在を示してきたハイブリッドカーも、いよいよ電気自動車に駆逐される時代が到来したのでしょうか。今回はこのテーマをデータで検証してみたいと思います。

 このグラフは、電気自動車(Battery EV:BEV)とハイブリッド車(HV)の世界販売台数の月次推移です(期間:2021年1月~2023年6月)。BEVは、100%ピュアEVのみで、PHEV販売台数などは数値に含まれていません。同様にハイブリッドカーの販売台数にも、マイルドハイブリッドやPHEV販売台数は含まれていません。

■ ハイブリッド車の世界販売は順調に伸びている。HVは「オワコン」ではない。

 前回のコラムで考察したように、BEVの販売台数は中国市場を中心に驚異的なスピードで伸びています。しかし、グラフのデータで分かる通り、HV車もまた販売台数を伸ばしています。ご存じのように、HV車は日本車勢が圧倒的な競争力を誇る領域です。当然そのメイン市場は日本です。しかし、HV車の販売上位五か国のデータ(上図右のグラフ)を見ると、販売が伸びている国は、日本だけでないことがわかります。BEVが急成長している中国や米国でも、HV車は販売台数を伸ばしています。HV車は、まだまだ世界のユーザーに強く求められているといって良いでしょう。


 では、このHV車を世界で一番販売している自動車会社はどこでしょうか。いうまでもなく日本のトヨタ自動車です。米国や中国、そしてフランスでHV車の販売が伸びている要因のほとんどは、現地トヨタ法人の販売台数が伸びているためです。日本市場では言わずもがなでしょう。唯一韓国では、トヨタではなく、現代-KIAグループが、HV車の販売シェア1位の地位を確保しています。

■「過渡期の技術」と揶揄されたハイブリッド車。そこに賭けたトヨタ。

 世界で初めてトヨタがHV車を市場投入したのは、1997年10月。それからもう30年経とうとしています。トヨタがハイブリッド車の研究開発に取り組んでいた1980年代後半から90年代前半に、世界の自動車メーカーはHV車の研究開発に早い段階に見切りをつけ、撤退していきました。巨額の研究予算を「たかが過渡期の技術で、かつ実現困難な技術」に投じる必要はないと結論付けたからです。過渡期はいうまでもなく、当時から想定されていた「本格BEVの時代」までの過渡期のことを意味します。

 しかし、ハイブリッドを「過渡期の一時的なもの」で、かつ「技術的に不可能」と決めつけた代償は、欧米の自動車メーカーにとって、あまりにも大きすぎたといえます。脱炭素、燃費向上の観点からトヨタのハイブリッドは世界で爆発的な成長を実現し、トヨタが世界最大の自動車メーカーとなることを決定づけました。

■「過渡期の時代」はいよいよ終焉するのか。

 それから30年たち、いよいよ遂に、ハイブリッドが電気自動車に駆逐される時代が来たのでしょうか。冒頭のグラフに戻りましょう。このデータを見る限り、少なくとも現時点ではBEVがHVを駆逐しつつあるという構図は見て取れません。電気自動車市場が急成長し、世界の自動車市場の半分以上を占める米中両国においてさえも、ハイブリッドカーはユーザーに求められ、販売台数を伸ばしています。

 トヨタの分析では、BEV1台分のバッテリーがあれば、HVを90台製造することができ、この90台のHVによるCO2削減効果は、BEV1台の37倍と推計されています。(出所:ウォールストリートジャーナル:23年6月5日記事より)BEVとHVのどちらが本質的に環境負荷が低いのか、一概にBEVが正解かどうかは、まだ分からないのです。

■「トヨタ潰し」は陰謀論ではない。「窮鼠猫を噛む」ような、危機感の表れ

 世界がこぞってEV化を進める背景には、欧米メーカーによる「トヨタ潰し」の狙いがあると囁かれます。これは単なる陰謀論でしょうか。自動車セクターをモニタリングしてきた弊社としては、特に欧州メーカーにおいて、大きな焦りがあることは否定できないと捉えています。しかし、これを日本人の視点からだけ取らえて「トヨタ潰しの陰謀」と捉えることもまた、違和感を覚えます。弊社の理解では、世界における昨今の急速なBEV化の動きはむしろ「窮鼠猫を噛む」とでもいうべき、危機感の表れです。

 海外に行くと、どこの国でも必ず日本車が走っています。これはとても誇らしいことです。海外旅行されたことのある方は共感いただけることでしょう。ただ一方で、別の視点からすると、その国を愛する自国の人にとって、それはしばしば複雑な光景かも知れません。自動車という特別な規模と意味を持つ産業は、常に国家戦略と一体です。どんな国の政治家も、できることなら自国ブランドの自動車で公務をしたいと望みます。自動車産業は、ただの産業ではないのです。日本がそうであるように、自動車産業は多くの国で雇用を生み、周辺産業を育てています。

 その自動車産業が、トヨタのハイブリッド車によって根絶やしになってしまうかも知れない恐怖感というのは、恐らく日本人の視点からはなかなか理解しがたいことでしょう。電気自動車は、そのような国々にとって、「起死回生の一発逆転」を狙う唯一の手段といってもよい。世界の自動車産業の今後を見通すうえでは、日本の視点からは異なる立場から見えている現在の風景について想像力を働かせることも必要かも知れません。

■トヨタが掲げる「全方位戦略」に、もっと耳を澄ませるべき

実は、そのことを一番真剣に考えている会社のひとつが、トヨタ自動車です。海外に進出する際、しばしば現地の人々と衝突し、そして対話の努力を積み重ねてきたトヨタだからこそたどり着いた戦略。それが、全方位戦略です。トヨタが考える全方位戦略は、HVだけで世界の自動車市場を支配することが世界経済に大きなひずみを生むのと同様、電気自動車一辺倒となった自動車産業が、経済社会と地球環境に取り返しのつかない負荷を与えることを真剣に懸念していることの現れなのです。「陰謀論」や「過度な楽観論」「BEV原理主義的な発想」を排除し、トヨタ自動車の全方位戦略の真意に、真剣に耳を傾ける姿勢が求められていると感じます。

イグナイトキャピタルパートナーズHPより転載
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