発達障害克服してみた 第4章④ 瞑想で回復できなかった聴覚処理障害(APD)について
(この記事は2022/02/06にリライトしました)
さて、瞑想では克服できなかったのは一例を挙げると聴覚に関する問題です。
発達障害者は大勢の雑多な環境で人の声を聞き取るのが非常に困難なことが多いです。雑多な環境音の中から聞きたいものにフォーカス出来る能力のことを「カクテルパーティー効果」と呼びます。これが出来ない人たちをAPD (聴覚処理障害)と言って、発達障害の人に多く見られます。私自身も同じように飲み会で周りの人間が何を言っているのか分からないことがほとんどでした。
先日、NHKか何かの朝の情報番組で取り上げられていて(リンク)実際にたまたま私も見ていましたが、そこでは詳しい原因が分かっておらず治療法もないと言われていましたが、実は治療法は存在します。それは特別なリスニングプログラムなのですが、それを紹介する前にそれが生まれた経緯や理論、そしてAPDの原因について少し紹介させてください。
そのためには我々人間は3つの神経系から成り立っているという理論であるアメリカのステファン・ポージェス博士によって提唱された「ポリヴェーガル理論」というものを知る必要があります。興味がある方はいくつか書籍が出ているので、ご覧になることをお勧めします。では「ポリヴェーガル理論」について説明しましょう。
人間を始めとした哺乳類はそれまでの先祖である爬虫類と違って、生まれたばかりの子供は母親からの世話を受ける必要があります。また、人間を含めた一部の哺乳類は大人になってからも群れ・社会を形成し、生きていきます。こういった性質を持たない爬虫類のような生物は、基本的に個を守るための防衛的な戦略を取るための神経系を持っています。例えば、敵と出会ったときには相手と戦ったりもしくは逃げたりする「闘争・逃走反応」を司る交感神経系が挙げられます。さらに戦うことも逃げることも出来ない場合は、意識をシャットダウンさせ凍り付く「不動化」と呼ばれる手法を取ります(俗にいう死んだふり)。これにより、病気の観点から新鮮な獲物を好む捕食者の捕食意欲を低下させて、場合によっては生き延びることが出来るかもしれないし、仮に食べられてしまっても、神経をシャットダウンさせているので痛みを感じることなく楽に死ぬことが出来るという利点があります。このような「不動化」の働きをもたらす神経系を背側迷走神経系と呼びます。
しかし、このように戦う・逃げる・凍り付くといった性質をもった爬虫類の状態では、哺乳類に特徴的な社会的な交流を果たすのは不可能です。そこで、哺乳類は進化の過程で第三の神経系である「腹側迷走神経系」というのを誕生させました。この神経系が司っているのは、周囲に自分が「安全」な存在であるということを知らせる能力と爬虫類が持つ防衛的な反応を抑制して安全だと判断した相手と交流をしようという能力です。
具体的にどうやって周囲に自分が安全であるかを示すのかというと、「腹側迷走神経系」はその人の表情を豊かにそして話し声も韻律に富んだものにしてくれます。この神経系は表情筋や声帯の周りなどにも繋がっているのです。発達障害者(特にASD者)やトラウマを持った人の症状の一つに無表情というのがありますが、これは正に腹側迷走神経系が働いていないことを如実に示していると考えられます。
勿論人間にも爬虫類が備える2つの神経系が存在しない訳ではなく、あくまで新しく生まれた神経系で社会性を司る「腹側迷走神経系」がピラミッドの頂点にあり、他の二つを抑えてくれているだけです。故に、自らに危険が迫ってきたときは交流に必要な腹側迷走神経系を解除して、交感神経を活性化させて戦ったり・逃げたりするし、それさえも叶わないような極度の恐怖に襲われた場合は「背側迷走神経系」が発動して、失神するなどの「不動化」現象が起こります。やっかいなのは、長期間辛い環境に置かれたトラウマサバイバーと呼ばれる人間は、周囲の環境が安全であっても過去の経験から防衛的な反応が優先されてしまって、社会交流に必要な腹側迷走神経系が働かなくなってしまうという問題があるのです。
基本的に発達障害の人は社会性・コミュニケーションの面で問題を抱えているということに加え、私の仮説では発達障害者は「先天的なストレス・トラウマ」にさらされているということなので、生まれながらのトラウマサバイバーであり、腹側迷走神経系が働かなくなって、社会性・交流の面で問題が生じていると考えられます。
長々と神経系についてお話しましたが、この神経系の問題と聴覚処理障害(APD)には大きな関係があります。APDを持っている人がシャットダウンすることの出来ない周囲のノイズ・雑音は聞き取りたい人間の声よりも低周波領域の音です。実はこの低周波領域の音というのは太古の昔では人間に害を為す猛獣の唸り声などの脅威を示す音域でした。これはたとえ話ですが、身一つで猛獣の沢山いるジャングルにたった一人で放り出されたことを想像してみてください。大多数の人は、いつ自分が猛獣に出くわし襲われるかと怯え、周囲の物音を全て聞き分けようと努力し、耳をそばだてるはずですよね。このような状況下で美しい鳥のさえずりや川のせせらぎに耳を奪われるようなことがあれば、それは死を意味すると思います。つまり、トラウマサバイバー・発達障害のような人たちは周囲がいくら平和な状態であっても、まるでジャングルにたった一人で放り出されたような精神状態(防衛的な状態)を維持してしまっているので、周囲のノイズ(低周波の音)も積極的に拾ってしまい、人の声を聞き取ることが出来なくなってしまうのです。一方で健常な人たちは、防衛的な反応を抑制できる「腹側迷走神経系」の働きによって、脅威を感じさせる低周波領域をカットして、他人の声である高周波領域の声を受けとって、他者との交流を活性化させることが出来るというわけです。
では具体的にどのように低周波領域をカットしているかというと、「腹側迷走神経系」の働きには中耳にある小さな筋肉群を適切に緊張させ、鼓膜をきれいにピンと張ることが出来ます。そして鼓膜がピンと張ると人間の声を含む高周波領域の音を上手く拾うことが出来るようになるという仕組みです。この耳の筋肉は残念ながら筋トレのような形で自分の意志で努力して動かしたり、鍛えたりするのは困難です。ゆえに、APDの人は頑張ったとしても騒音の中で人の声を聞き取るのは困難になってしまうわけですね。
そしてこのポリヴェーガル理論を提唱したステファン・ポージェスにより、APDから回復するためのリスニングプログラムが開発されました。名前をLPP(リスニング・プロジェクト・プロトコル)と呼び、全部で30分×5日間のプログラムです。内容はヘッドホンをつけて特殊な機器から流れる音楽を聴くだけの非常にシンプルな仕上がりとなっています。音楽と言ってもサウンドトラックのようなメロディーだけの音楽ではなく、人間の歌声が入った音楽です(子供向けのプログラムだったらディズニー映画のアラジンの主題歌であるA Whole New Worldなどの有名な曲も確か入っていました)。そしてその音楽に対して、音楽の中にある低周波成分をカットして、かつ人間の歌声の成分だけを大きくしたり、小さくしたりするようにフィルターがかけられています。
これまでの文章を理解していただいた方には、なぜプログラムにそのような工夫が凝らされているかお分かりいただけると思います。低周波成分をカットするのは、低周波成分が太古の昔に住んでいた我々の祖先からすれば脅威の猛獣の唸り声を思わせるためであり、それを排除して安心と安全をクライアントに理解してもらうため(余談ですが、確かプログラムで利用していたヘッドホンは周囲のノイズを排除するためにノイズキャンセリングのヘッドホンでした)。また、人間の歌声の音量が大きくなったり小さくなったりするのは、「ポリヴェーガル理論」によると韻律に富んだ声を聴くと人間は「安全である」と感じることが出来るようになるからだそうです。
このように徹底して低周波の音を排除し、かつヴォーカルの声を調整して韻律に富むように設定した音声を聞くことで、聞き手に安心安全であるということがインプットされて、腹側迷走神経系の働きが活性化し、中耳の筋肉・鼓膜が適切に緊張して、聴覚過敏やAPDの問題が解決するわけです。
実際に2020年の3月ごろにプログラムのお世話になり、しばらくはコロナ禍で飲み会などが無くなり、効果を検証する場がありませんでしたが、一時的に落ち着いた10月ごろに開かれた飲み会で、周りの雑音を排除してはっきりと聞きたい人の声を聞き取るということが出来るようになりました。
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