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探偵神宮寺マキヒコ、雨の一夜の殺人事件

「負けたわ探偵さん、まさかマッシュルームを残したことからアリバイを切り崩されるだなんて……」ユカコはそう言うと、ソファーに深く座り直して天を仰いだ。天井にはキラキラと揺れるシャンデリア。ユカコの瞳もシャンデリアの輝きを映してキラキラと光っていた。

「……タバコを吸ってもいいかしら?」僕は黙って頷く。ユカコは芝居の1シーンのような無駄のない美しい所作でタバコに火をつけると大きく吸い込み、ふぅと細長い煙を吐いた。何だか甘ったるい匂いのするタバコだった。タバコの匂いなのか、彼女の纏う妖艶な空気のせいなのか、僕は何だか頭がクラクラした。

「昔好きだった少女漫画で登場人物が吸っていたタバコなの。ミーハーな理由でしょ?」そう言ってユカコは笑った。僕も釣られて笑う。彼女の笑顔は他人を明るくする不思議な力がある。こんな出会い方じゃなければ、僕はユカコのことを好きになっていたかもしれない。こんな出会い方じゃなければ、だが。

「探偵さん、いつから私のことを疑ってらっしゃったの?」灰皿でタバコを消しながらユカコは言った。ローテーブルの灰皿に吸い殻を捨てるには少し上体を屈める必要がある。前屈みになったワンピースの首もとからチラリと一瞬胸の谷間が見えた。Eカップ、いや、Fはあるだろうか。真っ白で柔らかそうな双丘の谷間はどこまでも深く、僕はそこに溺れたいと思った。

「……と言うことは最初に会った時からってことね。まさに完敗だわ」僕の話を聞き終えると、ユカコはそう言ってため息をついた。完敗、かんぱい、おっぱい……。この位置に立つと、ちょうどユカコの胸元を覗き見ることが出来る。僕はユカコに怪しまれずに出来るだけ話を長引かせることに成功した。こんな出会い方じゃなければ僕はユカコのことを好きになって、ひょっとしたらユカコも僕のことを好きになって、このおっぱいを触るチャンスだってあったかもしれない。こんな出会い方じゃなければ!

「でもね、探偵さん、私はあの人を殺したことを後悔してはいないのよ。だってそうじゃなければ、いつか殺されていたのは私の方だったと思うから」ユカコはそう言った。後悔。このまま夜が明ければユカコは警察に連れて行かれるだろう。おっぱいを触らぬままに。やらぬ後悔よりはやってから後悔するべきだ。ダメ元でなりふり構わず頼み込めばおっぱいぐらい触らせてくれやしないだろうか。いいじゃないか、どうせ逮捕されればそんなことをする機会だってなくなるんだ。娑婆の最後の思い出におっぱいを触らせるぐらいは許してくれるんじゃないか。いやしかし、彼女の中での最後の僕が、なりふり構わずおっぱいを触らせてくれと懇願する姿でいいのか?立派な『探偵さん』のままでいるべきなんじゃないのか?灰色の脳細胞がぐるぐると回転する。成すべきか、成さざるべきか。僕は愚かなハムレットだった。

「夜が明けるわね」うっすらと白み始めた窓の外を見ながらユカコは言った。いつの間にか雨も上がったようだ。僕たちは赤の他人として偶然出会い、この小さな館で一夜を共にし、そして探偵と殺人犯として朝を迎えた。こんな奇妙な夜があるだろうか。僕たちはしばらく黙ったまま、ゆっくりと明るくなっていく窓を眺めた。僕は時々バレないように、ユカコの胸元をチラ見した。

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