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ブロマイド

大学を卒業してカメラマンとして今の事務所に就職して30年。何となくアイドルや芸能人のブロマイドを撮るカメラマンになった。これまで何人のブロマイドを撮ってきただろうか?1000人?2000人?いや、そんなもんじゃない。延べで言うなら10000人に届くかもしれない。

写真というのは一瞬を切り取る仕事だ。その対象が生きている人間ならば、いかにして最高の一瞬を引き出すかということになる。しかしそれがなかなかどうして難しい。機材を工夫し、雰囲気作りのためのコミュニケーションを模索し、プロとして自分なりに最高のブロマイドを撮れるようにと心血を注いできたつもりだ。最初は自信なさげに縮こまっていた新人アイドルが、大女優のように堂々とフィルムに収まってくれるとカメラマン冥利に尽きると言うものだ。そうやって誇りを持ってやってきた仕事だったが、ブロマイドカメラマンとしては今年で引退することになった。シンプルにブロマイドなんてものの需要が減って、仕事がなくなったからだ。

気軽にスマホで撮ったような写真がInstagramを始めとするSNSで誰でも見られるようになった時代だ。わざわざカメラマンを使って撮ったブロマイドなんかは徐々に売れなく、求められなくなっていった。時代は移り代わってゆくものだ。寂しいが仕方がない。部署を移った俺は広告写真のカメラマンになり、この春からは大手雑貨店の商品を綺麗に撮る仕事をメインにやっている。もちろん自分の仕事にはやりがいを持って取り組んではいるが、やはりアイドルや芸能人を撮ってきた日々を懐かしく思う部分はある。

事務所のデスクに1枚だけ、自分の撮ったブロマイドが飾ってある。あるアイドルグループの、初めての武道館ワンマン公演のブロマイドだ。リハーサルを終えて、これから満員のお客さんが入る客席を前にしたリーダーを撮らせてもらった写真だ。これからこの会場いっぱいに、私たちだけを観に来るお客さんがやってくる。わずか19歳の身でそれを一身に背負うというのは一体どれほどのものなのだろう?不安、恐怖、期待、渦巻く激情を胸に、それでもやってやるのだという覚悟。そんな最高の表情を切り取ることが出来た写真だと思っている。武道館公演を終え、人気絶頂のうちにアイドルグループは解散し、今や彼女は日本映画界を背負う女優になりつつある。彼女の人生にこうやって寄り添い、仕事を共にし、最高の一瞬を残せたことを、今も誇りに思っている。このささやかな誇りを胸に、俺はこれからつまらない写真を撮っていくのだろうか?おっと、そんなことを言ったら怒られちゃうな。

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