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旅立ちの日

「おきなさい。おきなさい…」

16歳の誕生日の朝。僕はいつものように母親の声で目を覚ました。今日はとても大切な日。僕が初めてお城に行く日だ。

「この日のためにお前を勇敢な男の子として育てたつもりです」

母親は優しい微笑みを浮かべたままそう言った。そう、母親は僕を勇敢な男の子として育ててくれた。父さんのような立派な勇者になれるようにと、小さい頃から剣の修行に明け暮れた。魔王を倒すために旅に出たきり帰って来なかった父さん。そんな父さんの分まで、母親は僕を一生懸命に育ててくれた。どれだけ感謝してもし切れないと思っている。

とはいえこんな小さな街で、女手ひとつで子どもを育てるというのは大変なことだ。僕が初めて客を取らされたのは14歳の時。相手は武器屋の店主だった。嫌がる僕に母親は、「男の子でしょ!これぐらい我慢なさい!」と言って叱った。僕は歯を食いしばって一生懸命頑張った。一晩で50ゴールドの稼ぎは、僕たち母子にとっては大金だった。それからは毎晩のように客を取らされた。宿屋の店主、酒場に集まる荒くれ者の冒険者たち、流れの遊び人、教会の神父さままで。色んな男たちに何度も抱かれるうちに、僕は自分の身体が男の子ではないことを自覚するようになった。胸は膨らみはじめ、股からは毎月血が出るようになり、そうじゃない時、そこは男を受け入れた。それでも母親は変わらなかった。「男の子でしょ」「男なんだから」「勇敢な男の子として育てたつもりです」母親の口癖だった。

初めてのお城、初めて謁見した王様の姿を見て僕はとても驚いた。それはたまに来てはねちっこく僕を抱いて100ゴールドを置いて帰る老人だった。「父の跡を継いで魔王を倒す冒険の旅に出るというそなたの願い、しかと聞き届けた」王様は威厳のある声でそう言った。僕を抱く時とは全く違う、聞いたこともない声だった。「酒場で仲間を集め、この金で装備を整えるがよい」そう言って王様は自らの手で150ゴールドを手渡してくれた。「……勇者よ、旅立つ前に少し話がある。余の寝室に寄って行くのだ。よいな?」王様はそう言って僕の手を握った。

大魔王を打ち倒した伝説の女勇者の物語はこの国の誰もが知るところだろう。大魔王を打ち倒して最初に僕がしたことは、生まれ故郷のあの街を焼き滅ぼすことだった。それは大魔王の城の門番を倒すよりもずっと簡単だった。あぁ、僕はこんな小さなことのためにこれまであんなに苦しんでいたのか。長い夜が明け、厚い雲の切れ間から朝の光が差し込むのが見えた。僕は笑った。どこからともなく、伝説の勇者を称えるファンファーレが聞こえる。僕は僕の成すべきことを成し遂げたのだ!僕が勇者だ。

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