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あとがき(または世界で最も愚かなミステリー作家の述懐)

確か小学校低学年の頃だったと思う。短いお話を書いてみんなに発表しましょうという授業があった。今思えば、あの時書いたものが、私が初めて書いた小説だったかもしれない。どんな話だったかもほぼ覚えていないが、タイトルだけははっきりと覚えている。『桃金いっすんかぐやで浦島さんとうさぎと亀の鬼退治』というお話だった。

タイトルのまま、桃太郎と金太郎と一寸法師とかぐや姫と浦島太郎とうさぎと亀が鬼退治に行くお話だ。ノートに1、2ページ分ぐらいの短いお話だったはずだが、どんな展開でこんな大所帯で鬼退治に行くことになるのかなんてことは全然覚えていない。当時クラスで流行っていた、『ティモテ』というシャンプーのCMのフレーズをギャグっぽく入れたくだりがウケたことだけ妙に覚えている(おばあさんが川でシャンプーをしている所に桃が流れてきたような気がする)。そう、初めて書いて発表した創作が、みんなにウケるという体験。これは今に繋がる大きなファーストステップだったのかもしれない。

おとぎ話という既存の物語をパロディにする感覚、流行りのCMを取り入れるという下世話なサービス精神。いずれも本作『名探偵神宮寺マキヒコ』シリーズにまで連綿と通じる手法である。そういう意味でもあの処女小説は私にとってはエポックメイキングであった。あの時の鼻たれ小僧が様々な昔話から様々な要素を拝借したように、すっかり大人になって頭の薄くなった私も様々な推理小説から様々な要素を拝借させていただいてどうにか小説の体裁を整えている。おそらく私には無から魅力的な探偵を作り上げ、何もない空き地に殺人事件の城を築き上げる、偉大な先輩諸氏のような才覚は持ち合わせていないのだ。若い頃はそんな自分の才能のなさに苦悩したこともあったが、歳を重ねて開き直ってからはむしろ楽しく書かせていただいている。

神宮寺マキヒコシリーズ10作目の記念すべき本作は、そんな小学校の頃の原点に還って、思いっきりおバカな着想で書いた作品である。『ABC島モルグ街病院坂のカナリヤ手毬唄急行の二十面犬もいなくなった悲劇殺人事件』というタイトルを思いついた時には、私は世界で最も愚かなミステリー作家に違いないと嗤ったものだ。愛すべき神宮寺マキヒコが、様々なパロディとオマージュの海に溺れそうになりながらも難事件に挑む本作は、ミステリー好きには堪らない作品になったと自負している。おバカなパロディでゲラゲラ笑っていた子供に戻ったような気持ちで楽しんでいただけたなら幸いだ。

2023年5月末日、熱海のスターバックスにて

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