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幸福な王子

「ツバメくん、私の身体を覆っていた金箔ももう今ので最後だ。ルビーもサファイアもダイアモンドもみんなあげてしまった。もう私にあげられるものは何もない」王子はそう言いました。たくさんの宝石と純金に覆われていた王子はすっかりみすぼらしい姿に変わっていました。でもツバメは言いました。「でも街にはまだ貧しい人たちがたくさんいます」王子は困りました。「でももう私には何もない。私はどうすればいいんだい?」悲しそうにそう言う王子に向かって、ツバメはニッコリ笑って言いました。「何か面白い話をしてください」

王子はツバメに言われるままに、面白い話を話しました。小さい頃にやらかした失敗談、街で見かけた変な人、有り得ない言い間違いをしたコンビニ店員の話、世の中の常識に対してそれおかしくない?と斜めに切り込んだ話。ツバメは王子の面白い話をお金に変えて貧しい人たちに配って回りました。しかしやがてそのネタも尽きてきます。王子は小さなエピソードトークを大きく盛ったり、好きなゲームや漫画やアニメを面白おかしく紹介したりして数を稼ぎましたが、ついにはそんな話も使い切ってしまいます。「ツバメくん、もう僕の中にある面白い話は話し尽くしてしまったよ」ツバメは言います。「では今度は、恥ずかしい話や汚い話、そんな誰にも話したくない聞かれたくない話をしてください。そういう話はうんと高く売れるんですよ」

王子はツバメに言われるままに、誰にも聞かれたくないような恥ずかしい話や汚い話を話しました。嫌いな人の話、仕事でムカついた話、住民税を滞納していて口座を止められた話…。恋愛やセックスの下世話な話は特にウケました。友達の彼女とヤってしまった話、不倫をしていた頃の話、ツイッターで繋がったドMの女子大生とDMでやり取りして会ってそのままホテルに行った話。王子は身体を覆っていた金箔を1枚1枚剥がすように、自分の汚い話をどんどん切り売りしていきました。世の中に対する偏見、恥ずかしい過去、封印していた醜い欲望や願望。ツバメは王子のそんな話をお金に変えて貧しい人たちに配って回りました。いつしか街は随分と豊かになってゆきました。

冬がやってくる頃には、街にはもう貧しい人はすっかり居なくなっていました。ボロをまとって寒そうにしていた人たちも、みんな分厚いコートを着てマフラーを巻いて暖かそうにしています。ツバメはそんな街を見渡しながら言いました。「王子、街は随分と豊かになりました。もう恥ずかしいお話も汚いお話もしていただかなくて結構です」そう言うツバメに向かって、王子はニッコリ笑って言いました。「ツバメくん、今日は僕が大学生の頃に好きだった女の子の誕生日にポエムを送った話を聞いて欲しいんだ…」王子はそれからもずっと、毎日身を切るように話を続けました。果たして王子は幸福だったのでしょうか?それは誰にも分からないことです。

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