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ぐるぐるまわる

仕事帰りに寄ったコンビニで、父親に連れられた小さな女の子が楽しそうにぐるぐると回っているのを見た。小さな子どもというのは意味のない動きが楽しかったり、それを見て親がリアクションをしてくれるのが嬉しかったりするものだ。微笑ましいなと思って眺めながらコンビニを出た。

それが『ぐるぐる病』と呼ばれだしたのは3ヶ月ほど経ってからだった。3歳から5歳くらいまでの小さな子どもだけが、ほぼ全員発症する原因不明の奇病。発症すると1週間から10日ほどぐるぐるとその場を回る奇行を繰り返し、そしてそれ以後は何事もなかったかのようにケロッと元に戻る。世界中で同時多発的に発生したこの奇病は、世界中どの研究機関でも原因を特定するに至らなかった。親世代は皆不安になりつつも、明確な実害があるわけでもないしと仕方なく放置されるようになった。そして10年以上の歳月が流れた。

【それ】が最初に降臨したのは西暦2032年、場所はマンハッタン、時刻は午後11時過ぎだった。まだ明るい街の上空、雲を割って【それ】はゆっくりと現れた。【それ】はあまりにも大きく、神々しく、ひと目で地球の外からやってきた宇宙船なのだと分かった。人々は畏れ、おののき、パニックを起こしたが、それは『ぐるぐる病』発症世代よりも上の人だけに限られた。ぐるぐる病発症世代の若者たちは何故か【それ】を当たり前に受け容れた。ぐるぐる病はおそらく、【それ】から事前に発せられた何らかのメッセージだったのだろう。世界はこうして新しく生まれ変わった。

老人たちは空に浮かぶ【それ】に怯え、若者たちは気にせず活き活きと働き、青春を謳歌し、子どもたちは皆ぐるぐると回る。上空に静かに鎮座した【それ】たちが何か具体的な動きを見せるのはまだもう少し先で、おそらくそれはくぐるぐる病を経ていない老人たちが皆亡くなった後のことなのだろう。私も老人たちのうちの1人だ。あの日あのコンビニで、ぐるぐると回る女の子を微笑ましい気持ちで眺めた日が、もう恐ろしいほど遠い昔のことのように思う。生まれ変わりつつあるこの地球にとって、私たちはもう必要ない存在なのだという無力感、疎外感。毎日頭がひどく痛み、世界がぐるぐる回っているみたいに目眩がする。このぐるぐるも【それ】からのメッセージだったらどんなにか楽だったろう……嘆きながらいつもの頭痛薬をひとつ、手のひらに取って飲み込んだ。

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