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初めてのオールナイト

初めて映画のオールナイト上映に行ったのは、19歳の夏だった。

映画の本で紹介されていてずっと気になっていたけど観る機会がなかった、ブラザーズ・クエイという双子のアニメーション作家のカルト作品『ストリート・オブ・クロコダイル』という短編アニメーションの上映があるのを知ったからだった。ブラザーズ・クエイの短編集と、クエイに多大な影響を与えたとされる、チェコのヤン・シュワンクマイエルという監督の長編映画『ファウスト』、そして日本の保田克史さんというアニメーション作家の作品上映とトークショーというラインナップだった。

ぴあを読むと、チケットは窓口販売のみ。先着順に整理券を配布し、満員になったら札止めになるということだった。絶対に観たかったから早めに行って整理券をゲットせねばならない。そう思った僕はお昼すぎには劇場に行って、多分15番くらいの整理券をもらったのだと思う。しかし上映時間まではまだまだ時間がある(確か23時か23時半からの上映だったと思う)。どうしたものかと新宿をふらふらしていたら、僕はある事を思い出した。そうだ、今日はスタンリー・キューブリック監督の遺作『アイズワイドシャット』の公開日だったな…。そして僕は、オールナイト上映で映画を観る前に映画を観るという暴挙に出た。

『アイズワイドシャット』は、とても素晴らしい映画である。しかし上映時間2時間45分の大作でもある。人間にはおそらく集中して映画を観ていられる限界時間というものがあって、2時間45分+オールナイト上映というのはその枠を大幅に超えている。『アイズワイドシャット』を観て、どこかで飯を食って、眠気覚ましにコーヒーを飲んで、大丈夫かなちゃんと起きていられるかなと不安に思いながら、僕は初めてのオールナイト上映に臨んだ。

結論から言うと、全っ然大丈夫じゃなかった。最初のプログラムだった保田克史さんの作品上映とトークショーはまだ辛うじて起きて観ていたが(それさえも『辛うじて』だった)、その後のブラザーズクエイ短編集、シュワンクマイエルの『ファウスト』に関してはほぼほぼ寝て過ごしてしまった。無理もない。普通のストーリー映画ならまだしも、台詞もない、難解でシュールなアニメーション映画だ。寝るに決まっている。しかし、それが逆に良かった。悪夢的とも評されるブラザーズクエイの作品。寝落ちてはBGMの爆音に起こされ、そしてまた寝落ちるという悪夢のような状況で初めて触れたブラザーズクエイの映像は、断片的にではあるが強烈に僕の脳裏に刻まれたのだ。

そのファーストコンタクトの後、どちらの作品にも僕はリベンジを果たしている。ブラザーズクエイ短編集は東中野の映画館で、今度は眠らずにきちんと観て、帰りにVHSのソフトも買って帰った。シュワンクマイエルの『ファウスト』はその後長く見る機会に恵まれなかったが、上映イベントがあるのを見つけてわざわざ多摩まで出かけで行って観た。もう20年以上も前の話だが、今でも忘れない思い出深い作品である。

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