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探偵神宮寺マキヒコ〜初めての謎〜

「パンはパンでも食べられないパンはなーんだ?」

明智くんはそう言うと、私に向かって挑戦的な笑みを浮かべた。パンはパンでも食べられないパンはなーんだ?そう言ったのか?私は自分の耳を疑った。パンは食べものじゃないか。それなのに食べられないだって?一体どういうことだ……。カビが生えたパンだろうか。そういえば先週、クラスメイトの毛利くんの机の中からカビの生えたパンが出てきた事件があった。緑色の変わり果てた姿になった給食のパン。あれはとても食べられたものじゃなかった。悲しい事件だった。明智くんはあの事件のことを言っているに違いない。いや待て!そうじゃない。これはきっと明智くんの罠だ。私は灰色の脳細胞をフル回転させて、この謎に真っ向勝負を挑むことにした。

パンはパンでも食べられないパン、それはおそらくパンだけどパンではない何かなのだろう。真っ先に私が思い浮かべたのはアンパンマンだった。しかしこれは違う。アンパンマンがパンだけどパンではない何かなのは間違いないが、彼が自らの顔をちぎって分け与えていることは周知の事実。彼はパンはパンでも食べられるパンだ。……待て。「パンだ」私はそう言ったのか?私の灰色の脳細胞がぐにゃぐにゃとうごめいて、白と黒の模様の入ったあの動物を連想させる。「パンダ」だ!そういうことか。これは明智くんの巧妙な叙述トリックなのだ。彼の言う「パンはパンでも」は、名前にパンが入っている何かということだったのだ。私は意気揚々と答えを口にしようとした。いや待て。「パンダ」は本当に食べられないのか?確かに私はパンダを食べたことはないし、食べるなんて話すら聞いたことがないが、パンダが棲むのは日本以上に何でも食べる文化があると言ってもいいあの国だ。パンダだって食べられていた可能性がある。パンダは著しく数が減少し、今や絶滅危惧種になっていると図鑑で読んだ。その原因は山や森の減少など生息環境によるものとは別に密猟があったと聞く。珍しい動物だから愛玩用観賞用として密猟されただけだろうか?きっと食糧として食べるためにも殺されたはずだ。パンダもおそらく、パンはパンでも食べれられるパンなのだ。では一体何なのだ。全く分からない。もう休み時間も終わってしまう。明智くんに降参して答えを教えてもらうしかない。そういえばいつも我が家の朝食はご飯なのだが、今朝は母が炊飯器をセットし忘れていてパンだったなと思い出した。こんがり焼けたトーストとスクランブルエッグとベーコン。たまにはパンの朝食も悪くないなと思ったものだ。ベーコンの焼けるジュウジュウとした音は食欲をそそる。ベーコン?スクランブルエッグ?灰色の脳細胞に台所でコンロに向かう母の背中が浮かぶ。そうか、そういうことか!分かったぞ!謎は全て解けた。

「明智くん、分かったよ。とてもいい問題だった。もう少しで降参するところだったよ」

「御託はいい。君が分かったというその答えを聞かせてもらおうじゃないか」

「逸るんじゃない。君の言う『パンはパンでも食べられないパン』は、名前にパンが入った、食べられない『何か』だったんだね?」

「……くっ!」

「そう、それは『フライパン』だよ明智くん!パンはパンだが食べられない!君の言う条件にぴったりと当てはまっている!もう一度言おう、『パンはパンでも食べられないパンはなーんだ』その答えは『フライパン』だ!」

「……その通りだ。負けたよ神宮寺くん。てっきりカビの生えたパンだなんて答えてくるんじゃないかと思ったが、さすがは僕の見込んだ男だけのことはある。素直に拍手を送らせてもらうよ」

思えばあれが、私が初めて解いた謎であり、明智くんとのライバル関係の始まりだった。小学校2年の秋、3時間目の休み時間。その思い出は、今でも私の灰色の脳細胞にありありと刻まれている。

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