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結婚と引退と

僕が彼女に振られたのは、アイドル活動に集中したいからという理由だった。ずっと頑張っていた地下アイドル活動。ようやく少し軌道に乗り始めた頃だった。そういうことなら仕方がない。僕は涙を飲んで彼女とお別れした。そして半年後、彼女は結婚してアイドルを引退した。話が違うじゃねーか、と思った。

彼女の結婚と引退を知ったのは所属していたアイドルユニットの公式SNSだった。あんな別れ方をしておいてたった半年で結婚?引退?アイドル活動に集中したいからなんて嘘なんじゃないか。他に男が出来ていたならそう言ってくれれば良かったのに。正直に本当の理由を話しても別れてくれないと思われていたのか。怒られると思われていたのか。嘘をつかれていたこと、信頼されていなかったことが何よりも嫌だった。

公式SNSの発表によると、お相手は『一般の方』であるらしい。一般の方?それなら僕でもよかったじゃないか。なんで僕とは嘘をついてでも別れて、そっちの『一般の方』なら良いんだよ。アイドル活動に集中するためなら仕方ない、それが彼女のためなんだと思って泣く泣く身を引いたのは何だったんだ。あまりにも自分が滑稽で、惨めで、もはや悲しみや怒りを通り越して笑えてきた。

だからと言って何か復讐や報復をするほど、彼女に執着しているわけでもなかった。事の顛末を洗いざらい公開してやろうかなぐらいのことは考えたが、実行する気はさらさらない。直接連絡してどういうことだと問い質すのも馬鹿らしいからやらないだろう。新しい恋をしているわけでもないが、もう彼女とのことは終わったことだし、僕だって未来を向いて生きている。ただ彼女の不誠実さに呆れて失望して腹が立っただけだ。

おそらく僕は彼女にアイドルとして成功して欲しかったんだと思う。せっかくだから彼女の夢を応援していた。その気持ちが裏切られたからこんなにもムカついたのだと思う。夢を諦めて引退してくだらない一般の方と結婚して主婦になって、子どもでも産んで平凡に幸せになってしまえばいい。呪詛にも似た祝福の気持ちを込めて、僕は公式SNSの結婚報告のポストにいいねを押した。

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