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【ショートショート】バナナカーブ

 通販サイトでカーブミラーを買ったら、バナナが届いた。
 カーブミラーを頼んだのだから、相当の大きさの段ボールで届くと思っていたら、アプリから「配達が完了しました」と通知が来た。大きすぎて、玄関前に放置されたのだろうかと思って外に出てみるが、何も見当たらない。ポストを開けると、メール便が届いていた。
 リビングで中を改めると、紛うかたなきバナナだった。それも、真っ黒に熟した。配達人がつぶさなかったのが不思議なくらいやわらかく、甘ったるい南国の香りがリビングの隅々まで染み渡るような、スーパーで見かけるのよりもはるかに熟したバナナだ。納品書にはしっかり「カーブミラー」と記載されており、金額もバナナ一本では釣り合わない桁の数字が並んでいる。
 問い合わせのメールを送ろうとすると、すぐさま、お詫びのメールが届いた。どこでどうすれば、カーブミラーとバナナを間違えるのか、まったく分からないが、それがどうやって判明したのかも疑問だ。
「バナナの方は、お客様の方で処分していただけますか」
 メールにはそう書かれていた。処分とは書かれているが、さすがに捨てる気にはなれない。
 カーブミラーが届くまで数日かかるというので、それまではバナナを楽しませてもらうとしよう。先端を摘まんで、背中側に引っ張り、その黒い着衣を脱がそうとするが、これは熟しすぎだ。バナナはぐにゃりと折れ曲がり、とても皮が剥けそうにない。
 仕方なく皿を引っ張り出し、ペティナイフでさばいていく。まずは頭、ではなく、へたを落とし、魚の皮と同じ要領で、腹側の皮をゆっくりめくっていく。身が熟しすぎて、皮からなかなか離れない。バナナをさばく感じで、皮と身の間にナイフを差し込む。身に強度がないので、押さえながら剥くことはできない。ナイフで皮と身を切り分けていく。
 皿の上に残されたのは、真っ黒に変色したバナナらしきもの。スティック状の本体を持ち上げて食べる、なんて芸当はとてもできそうにない。スプーンで切り、掬うようにして、黒いバナナらしきものを口まで運ぶ。
 不穏な気配に、背後を振り返る。もちろん、誰もいない。一人暮らしだから、誰もいるはずがないのだ。
 口の中に入れると、ペースト状のバナナの甘味がレンジで温めたアメーバのように広がった。たまらず皿の上に吐き出す。しかし、そこに現れたのはバナナでもペーストでもなく、オレンジの庇のある丸い鏡。サイズこそ小さいものの、間違いなくカーブミラーだった。いぶかしく思って鏡を覗き込むと、そこに映ったのは真っ黒に熟したバナナだった。

Photo by Nastassia Ustyan on Unsplash

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