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【釣りエッセイ】魚を求めて(断片)糸の先

[2019年秋執筆]

【糸の先】
【A Thread to the One】
ショアジギングで初めてイナダらしき魚をヒットさせた日。



手繰る糸の先にいるのが、魚なのか自分なのか、私にはわからない。あるいは、逃げた魚はその針に釣り人を引っ掛けて置き去りにするのかもしれない。

もう何投したかわからない。二日酔いとも感じられる湿った空がその目をこすったかと思うと、あっという間に着替え終わっている。7時過ぎ。所謂朝だ。しかし釣り人にとっては、もう朝は過ぎて、さっきまで楽しそうに話していた期待が、増えゆく失意の口数のうつむき始める、飲み残しのビールのような時間。ここでもう残った麦汁を見切って捨てて帰る者もいれば、次の酒が注がれるのに期待し続ける者もいる。その日の私は後者で、期待と失意の会話の中で投げ続けた。

その時は突然来る。自分の心臓に、自分以外の生き物の鼓動が響く。その鼓動に自分の心臓も高鳴るが、あれ本当に生き物の心臓の音かなと心配になり、ちょっと耳をそばだてる。やっぱり生きている。糸を手繰る。恍惚と緊張。見えているのは竿先と白い空。鼓動が響く。ずしりと重い鼓動。まだか。もう少しか。まだ浮かない。きっとイナダだ。シーバスはすぐに浮くと聞いた。まだいる。聞こえる。タモか。抜き上げるか。

そうしているうちに、糸が水面に垂直になっていることに気づく。そしてすぐにそれは自分の方に向き始めた。足下に走られた。どうするか。その疑問符の一瞬を相手は逃さなかった。とん、と軽くなる糸。ピンクのルアーだけが水面に浮かぶ。聞こえる波の音。と思うと、目の前に鏡が現れて、瞬きも許されず自分を見せられる。たださようならをしてくれれば良いのに、魚はわざわざ釣り人自身というお土産を置いて泳ぎ去る。

その鏡を見て何を思うかは日によって違う。その日私は、自分は瞬間を試されるものが好きなんだとか、いつか来るだろうその魚を釣り上げた時の嬉しさを思ったり、様々な魚を追ってこの嬉しさを一生感じられる人生は楽しくてしょうがないなんてことを思ったが、これらは半分本当で、半分言い訳である。希望と絶望のスムージーといったところである。百回近く鉛を投げ、しゃくった手首の痛みと波の音が悔しさを倍増させる。そしてその鏡は次の鼓動が響くまで消えないのが常である。手首の痛みを抑えながらまた投げ続けるが、ただその日はその泣きつくような祈りも虚しく、次の鼓動は響かなかった。

海に比べたら埃の毛一本にも満たない糸を、釣り人は一日百回二百回と投げて、魚もしくは自分に会う。それを息絶えるまで繰り返す。これを思うと、「釣りバカ」という言葉があるが、バカと言われても何も言い訳できない。

I’m not sure whether at the tip of the line is a fish or the angler themselves. Or, when a fish gets away, they leave the angler on the hook instead.

I don’t know how many times I cast already. The sleepy sneeze of the hungover sky was already a past, and now he has dressed up as his routine.  A few minutes past 7am. It’s so-called morning. For anglers, however, it’s like 2cm of beer left at the bottom of a glass: the time when the excited hope is gradually overwhelmed by the words of despair. While some adopt a choice of throwing away the leftover beer, others hold a hope for another glass. I was the latter that day, and kept casting under a conversation of hope and despair.

Always comes an awaited moment very suddenly. My heartbeat got interrupted by that of another creature. Mine became faster, but, thinking whether it was really alive, once again heard that beat carefully. I was alive. No doubt. I retrieved the line. An ecstasy and a tension. What I could see is the rod tip and a white cloud. A beat echoed. A heavy beat. Almost there? Not yet? It didn’t float. It should be a young yellowtail. I heard seabass go to a surface soon. It was there still. I could hear still. Should I use a landing net? Or can I land without?




[Yet to be competed]

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