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西暦2億5千万年 2話【創作大賞2024 漫画原作部門】

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モノローグ「6年前」
大学の剣道部の道場の真ん中で、普段着のまま考えごとをしながら寝る羽場萃。

アカリ「…ばさん…羽場さん!」
誰かの呼びかけでうっすらと目を開けると、目の前には若かりし時のアカリが羽場を覗いていた。
アカリ「鷲尾さんがお呼びですよ」

羽場は起き上がり頭をボサボサと掻く。
羽場「鷲尾さんが?
 今日は海底調査じゃなかったっけ?」

アカリ「先ほど帰ってきたんです
 なんでも『君が言った通りだ』って」
羽場「あぁ…そうか……わかった
 今行くよ」
と立ち上がる。

大学の構内を並んで歩く二人。
羽場「それにしてもよくここがわかったね」
アカリ「簡単ですよ。羽場さんがどこ行くかなんて
 静かでひんやりしてて…」
羽場「考えやすいとこ?」

アカリは笑みを浮かべて肯定する。
アカリ「それに羽場さんはポスドクですけどここの剣道部のOBですから
 羽場さんの思考パターン的にいるんじゃないかなぁって」
羽場「さすが鷲尾研の学生だね」
アカリ「たぶん私
 羽場さんがどこ行ってもわかると思いますよ」

羽場は呆れたようにため息を吐く。
羽場「それは参ったね…
 僕が逃げ隠れても君にはすぐ見つかっちゃうわけだ」
アカリ「まぁブラックホールの特異点とかじゃなければ」
羽場「ハハ! そこは誰にも観測できないね」
アカリ「でもそこ以外だったら――」

アカリ「どこにいても私が羽場さんを探し当てますよ」
そして現代に戻り、羽場はアカリがいなくなった後のベッドを茫然と眺めていた。
羽場「アカリ……」


モノローグ「未来資源研究所」
研究所の一室で、田丸は気まずそうな顔でパソコンの影から顔を覗かせる。
田丸が見ている方にはイライラとしながらホワイトボードに数式を書き殴るエマの背中があった。

田丸は意を決して携帯を両手で持ちつつエマに近づくと苦笑いで話しかける。
田丸「あ…あの……エマさん……」
エマ「何?」
田丸「羽場先生なんですけど…」

その瞬間、エマは振り向くと鬼のような形相で田丸を怯む。
エマ「ハ〜バァ……?」
田丸「ヒィ」

エマはまたホワイトボードに顔を向けて計算する。
エマ「……羽場が何?」
田丸「あの…羽場先生が
 もうすぐここに
 来る…そうなんでが……」
エマの計算の手が止まる。

エマ「は? なんで?」
田丸「わ、わかりません
 …けど調査する気になったとか…でしょうか?」
エマ「必要ないわ!」
エマは乱暴に計算結果を書くと、その下に思いきり線を引いた。

田丸「え…?」
エマ「やる気のない羽場のこと!
 どうせアカリに言われて仕方なく来るだけでしょ!
 ただの冷やかしならむしろ迷惑だわ」
怒りを隠さず近くの机から資料を漁るエマ。

田丸を彼女を見て冷や汗を流す。
田丸(……羽場先生…いったい何を言ったんですか……?)

資料が置かれた机を叩き田丸を睨むエマ。
エマ「それに! 私にはもう仮説がある!
 その検証に未来資源Fの情報が必要だったけど
 この研究所の資料で充分!
 羽場なんていないほうがまし――」
その瞬間、田丸の後ろにあるスライド式の扉を羽場が開いた。

田丸が驚いて振り返る。
田丸「羽場せん…――!」
羽場の表情は青ざめ切羽詰まっている。

エマ「あら羽場。ごきげんよう
 来ないんじゃなかったの?」
羽場は虚な目でエマを見つけると、
羽場「…エマ」
と最初はゆっくりと、次第に早くなる歩調で近づく。

エマの両肩をガシッと掴む羽場。
引き攣った顔をするエマ。
エマ「な…なによ…」
羽場「ぼ、僕を…連れてってくれ」
エマ「は? え? どこに?」
羽場「み…みらい……に」
田丸(未来…? それってどういう……?)

羽場「うぷ…」
だがその瞬間、羽場の顔が一気に青ざめ頬が膨れる。

エマも青ざめる。
エマ「え? ま、まさか…冗談でしょ
 や、やめなさい……」
田丸「ま、まずい!」(羽場先生は船に弱いから!)

羽場「オエェェ」
エマ「ノ、ノォォォォ!!」
エマの断末魔と共に、ビンタの音が鳴り響いた。


左頬が赤く腫れ上がった顔の羽場がエマの前で正座する。
エマ「ふーん…なるほど
 アカリがねぇ」
エマはシャワーを浴びジャージに着替えた姿でタオルを肩にかけ足を組んで椅子に座り、サルミアッキを食べる。

エマ「それで。なぜ未来なの?
 アカリが消失したとは限らないでしょ」
羽場「…………状況から見てもアカリが外に行ったとは考えられない
 ベッドも布団もそのまま
 部屋中を隈なく探したがいなかった」

疲れたような表情の羽場をエマは鋭い目つきで無表情に見る。
田丸は羽場の後ろで2人の様子を伺っていた。
エマ「……」
田丸(…ゴクリ)

羽場「消失をした根本的な原因はわからない
 だが僕の仮説が正しければ
 未来に答えが…未来にアカリがいるんじゃないかって」
田丸(…答え?)

羽場が必死な形相でエマを見る。
羽場「だからエマ!」
エマ「……」
エマは先ほどの洗礼を警戒してそんな羽場の前に手を出し、後ろに仰反る。

羽場も悟り「失礼…」と座り直す。
羽場「……僕を未来に連れて行ってくれないか?」

エマはため息を吐く。
エマ「聞きたいことが山ほどあるけど…まぁいいわ」

エマ「けれど未来…羽場はいつだと考えてるの?」
羽場「そこに書いてあるじゃないか…
 エマも同じ仮説なんだろ?」
エマ「……」
羽場はホワイトボードをまっすぐ見る。

羽場「西暦2億5千万年だよ」
エマの後ろにあるホワイトボードには『2.5×10^8』という数値に下線が引かれていた。


田丸「2億5千万年…?」
田丸が唖然とした表情で2人を見る。
田丸「羽場先生…エマさん…
 いったいどういうことですか?」

エマが田丸を見る。
エマ「田丸
 悪いけどここからはトップシークレット
 この部屋から出てってもらえる?」
田丸「え…でも…」

田丸が戸惑う中、羽場がゆっくりと立ち上がる。
羽場「いや…僕達が出ていこう
 行くところがある」
エマ「行くとこって…どこよ?」
羽場「来ればわかる」

訝しげな顔をするエマだが、やがて椅子から立ち上がりついて行こうとする。

田丸「え…羽場先生!
 ち、ちょっと待ってください」
出ていこうとする羽場に手を伸ばす田丸。
羽場「田丸君」
だが羽場の背中は冷たかった。

羽場「エマの言う通りここからは国家機密だ
 だが僕は今、田丸君と言い争っている暇はない」
田丸「でも…僕だって羽場研の学生です!
 ここまで来たら僕だって知る権利が――」
羽場「――だから」
田丸は口を噤む。

羽場「来るなら好きにしてくれ
 ただし。知れば君にも大きな責任が圧し掛かる」
田丸「! …………わかりました…覚悟します」
田丸は表情を硬くして、ゴクリと唾を呑む。
羽場は何も言わず田丸に背を向け、扉を開けて出ていった。


研究所の白い廊下を足早に歩く3人。
羽場「未来資源Fと人類消失の関係は正直不明だ
 だがもし関係するなら
 原因は未来にあると思う」
田丸「…未来ですか?」

羽場「未来資源Fは
 生成自体は単純だが
 その取得法が極めて特殊だ」
エマ「特殊を通り越してクレイジーよ」

羽場「田丸君は以前
 未来資源Fを石油のようだ
 と言っていたね」
田丸「はい…」
羽場「その言葉は言い得て妙だ
 ――その生成の仕方を考えるとね」
田丸「生成……?
 ……! まさか!」
田丸は驚き目を丸くする。

羽場「そのまさかだよ
 未来資源Fは生成に石油と同じくらい時間がかかる
 謂わば化石燃料なんだよ」

田丸は頭を抱えて目をぐるぐるとさせる。
田丸「え? え?
 ってことは今の石油は確か恐竜の頃のはずで
 未来資源Fも同じくらいかかるってことは――」

エマ「およそ2億年ね」
田丸「2億年ッ!?」

エマ「そりゃあ驚くわよね
 私もここに来て初めて知った時は天を仰いだわ
 生成には時間が掛かるとは知っていたけど
 ……まさかそんな未来だとは…ってね」

田丸「でもそんなに掛かるんじゃ作っても取得できないじゃないですか
 まさか…未来から取ってきてるとか
 そんな馬鹿なことないですよね?」
羽場達はエレベーターに乗る。

羽場「そのまさかなんだ」
田丸「!?」
答えながら羽場は、ボタン下にある網膜認証や静脈認証システムで照合した後、最下階の地下へのボタンを押した。

足裏を壁際につけ、腕を組むエマ。
エマ「それこそおじいちゃんと羽場の偉大な功績!
 彼らはその不可能を可能にしたのよ」

羽場「…僕はただ閃いただけだよ
 後は本物の天才物理学者たる鷲尾一石が全てやってくれた
 理論構築や実証実験、実用化に至るまで、ね」
エマ「謙遜はよしなさい
 研究においては、閃きだけでもすごいのよ」
羽場「ハハ……やっぱり孫だね
 鷲尾さんもそういうことを言っていた」

田丸は唖然とした顔で立ち尽くす。
田丸「…つまりタイムトラベル…そんな技術ができてるなんて……!
 それって…めちゃくちゃ大ごとじゃないですか!!」
エマ「だから国家機密なのよ
 タイムトラベルなんて代物、実用化されていると知ったらどうなるか
 良くて窃盗。最悪戦争の道具にされるわ」

羽場「正確には日米2カ国の機密だけどね
 あのシステムを実用化するにはどうしてもアメリカの最先端技術が必要だったから」
田丸「それでもとんでもないことですよ…
 いや、でもちょっと待ってください」

田丸は考えるように手で口を押さえた。
田丸「未来から過去ですよね?
 それを実現するって本当に可能なんですか?
 過去から未来ならまだしも…採算合わないような?」

羽場は田丸を見て微笑む。
羽場「…田丸君は相変わらず良い質問をするね」

エレベーターが止まった。
羽場「その答えがここにある」

エレベーターの扉がゴゴゴと音を立てて開く。
エレベーターを出ると、目の前に柵があった。
その下を見ると、周囲を囲うように設置された加速器装置とその中央に加速器に連結した透明で巨大な容器があった。
その容器の下部には制御装置がついていた。

羽場「高次元ブラックホールによる次元転移システム
 つまりこれが未来資源転送システムだよ」

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