ワインと青とサラダ#13


彼の部屋に入った時、人の気配というか
生活感のようなものが欠如しているように感じた。

覗かせてもらうと、ほぼ未使用のIHキッチンヒーター
冷蔵庫の中はワインとその仲間たち。

薄いブルーのライトがつくと

黒を基調としたガラステーブル

すぐそばには白のシックな二人掛けのソファー

そのしたにふわっとした白の絨毯。

他には特段何にもない。

「え、、これは白い普通のライトは点かない?」

「うん、あんまり光が得意じゃなくて、この青もきついくらい。」

「無理しないで、いつもの感じでいいからね、疲れてるでしょう。」

彼は慣れた手つきでどこからかキャンドルを取り出し、
胸ポケットから取り出したライターで点火する。

甘い香りがする。アロマだ。

暗くなってすぐは私の目が慣れないせいか、彼が慣れているからか
気がつくと、彼は移動していた。
目の前にはワインが一本とグラスが二つ。

程よい量が注がれて、彼は一口、手をつけると
もう片方は私の方へ差し出された。

彼はネクタイを緩めて携帯の電源を落とし
クラッチバッグからパソコンを取り出し少し弄ると
部屋の三分の一くらいに広がるくらいのボリュームで音楽をかけた。

メロウバラード。
歌っているのはシンラさんではなく、ソウマくんだった。

「この曲知らないです。なんて曲ですか?」

「もし、発売することがあったらわかるんじゃないかな。」

なんかいつもこんな感じではぐらかされてる気がする。
なにか彼はいつもどこか孤独な香りを湛えている。
気のせいかな。誰も寄せ付けないようなそんなオーラがある。
電話越しでも感じる程に。

「お腹空かないですか?」

「空いたけど、、、。」

「あ、そうですよね。買いにいけないよね。いつも
どうしてるんですか?」

「現場でもらったり、スタジオで頼んだり、かな?」

「ってことはオフの日、拷問、、、
私、買ってきますね。何か食べたいものは?」

「いや大丈夫。一緒に行くよ。僕、一般人だし。」

「何十年って経ったわけじゃないので、騒ぎになったら
近隣住民に迷惑です。大胆な行動はこれまで通り控えて下さい。」

「瑠衣までマネージャーみたいなこと言う、、。」

「仕方ないですよ。まだまだこれからって時にかい、活動休止ですから。
このマンションだってスクープされていなかったことが奇跡というか。」

「うーーーん。なんだろ、サラダとか?」

「わかりました。おとなしく待ってて下さいね。」

「犬じゃないんだけど。」

「知ってます。すぐ戻ってきますので。」

玄関を開け放つと、人影。

感づかれたか。


「もしかして君が瑠衣ちゃんかな?」

名前まで。子供扱いまでされてる。
どこからリークされた。本当にこれじゃ。

「シンラだよ。はじめまして。どしたの?
深刻そうな顔して。」

「あ、あ、はい。瑠衣です、買い物に行くところで。」

「おう、じゃあ、また後で!」

その声を背に歩いていく。
初めて聞いた二人の声は私の中に眠っている。
夜空を見上げると月も眠っているようで。

月を愛する者たちはそれぞれ何かを抱え今日も
心を歌っているのだろうか。

でもそんな彼たちもサラダを食べると思うとなんだか
普通の人なんだなって笑えてくる。
私は胡麻ドレッシングが好きだけど、みんなは何味が好きなんだろう?

聞いてくるの忘れちゃったけど、まあいいか。

買いに行ける行為も、思考も

私が一般人すぎるのか、頭に来たから
全種類買ってきてやる。

なんて子供染みたことを考えながら
コンビニまで歩いた。


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