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夜の自転車(小説)

 夏の夜は短い。日が暮れて、ようやく涼しくなったと思ったら、すぐにまた強烈な陽が昇る朝がやってくる。

 仕事から帰り、アパートの前でチカチカと光る自動販売機で冷えたコーラを買って手に取り、サスケは思った。

 仕事は停滞しているのに、私生活はまるで冴えない。一人、また一人と友達が目の前から去っていく。結婚したり、遠方へ転勤したりと、いろいろだ。
 サスケはポケットから鍵を探り当て、自分の部屋の鍵穴へ突っ込んで回し、自室の中へ転がり込んだ。座椅子に座り、冷たいコーラの缶を握りしめ、蓋を開ける。

 数年前、女の子に言われた事が、頭の中に甦ってくる。
「何もしなければ、このまま老いぼれていくだけでしょ」

 そんな事は分かっていた。サスケはコーラの缶に口を付け、コーラを喉に流し込む。
 しかし暑い。サスケは、窓を開けて網戸にした。まだまだ涼しいとは言えない、モワモワと熱い風が、部屋の中にゆるく流れる。

 ふと、どこかへ行きたいと思った。長く住んだこの街を遠く離れ、力の及ぶ限り、果てしなく遠くへ。
 サスケは、閃いてしまった。幸いにも、明日は休みだ。
 そうだ、遠くへ行こう。どこまでもどこまでも遠くへ。

 サスケは、仕事着から運動着に着替えると、部屋の外へ飛び出した。そして、駐輪場に止めてある、何か月も乗っていなかった自転車に飛び乗った。
 夜だって、かまいはしなかった。どこまでも行ってやろう。朝になって、眠くなったら、どこかで休もう。朝なら、危険は少ない。
 よし、どこまでも行ってやろう。

 サスケは、自転車のペダルを蹴って、夜の街へと漕ぎ出した。

 それからサスケと、彼の自転車は、夜の街を抜け、朝の工場地帯を抜け、海へ出た。昼になっていた。真昼の海は、ただひたすらに眩しく、水面が強烈な陽の光を反射して、キラキラと光っていた。

 サスケは海に入り、波に飲み込まれた。
 うう、苦しい。とても気分は良いが、苦しい。


 そこで、目が覚めた。
 朝の陽の光は、サスケの部屋を照らしている。サスケは床の上で寝てしまったのだった。サスケは呻きつつ起き上がった。昨日買ったコーラが、机の上に乗っている。
 服装も、仕事着のままだった。体の節々が痛い。
 幸いにも、今日は休みだ。サスケは、着替えてベッドに横になった。
 本当に海でも行ってやろうか?そう思いながら、サスケは二度目の眠りに落ちた。

 日曜日の朝。外は、強烈な日差し。

(了)

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