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ゲームに恋してる。【零の軌跡:改】

ゲームに登場するキャラに恋している。厳密には。こういうと「なんだ。いい年してキャラに恋してるのか」と言われるかもしれない。いや、その通りなのだが、これがなぜだかとても心地いいのだから仕方ない。

恋をしたい。そんな風に毎日願っていたのは遠い日々。当時もいろんな人のいろんな一面を垣間見ては「これは恋かも」なんて妄想をして、思いが最高潮になったときに見事に玉砕するというワンパターンをキメていたわたし。まあ、そんなもんだよねと今なら客観視できるのだが。恋とはなんだろうとこの年になって改めて思うわけだ。

結論からいえば、恋とは一方通行の妄想であると前に結論づけたと思う。つまり、相手の一面を見てそこから無限の妄想をしてそれをある時は強引に、ある時は無理やりに自分の未来とこぎつけをしたときに発生する熱病のようなもの。それが恋の正体だ。だが、ここで敢えて断言したい。恋はいいものである、と。

恋は恋焦がれている時間すべてを指す。恋の対象に対してあれやこれや妄想したり、恋の対象との接点を夢見てそわそわしたりする。その時間が恋だ。恋は妄想である。恋は一方通行でいい。現実に実現しない。いや、実現してはいけないのが恋だと思っている。実現したら、それは現実になってしまう。現実は妄想する暇がない。絶え間なく訪れる状況に対応するだけで疲弊してしまう。それは恋ではなく、なんというか、リレーションシップだ。つまり、コミュニケーションスキルの応酬バトルである。もしくは、資金と時間と気遣いを無尽蔵に消費させられる強制イベントだ。それは恋ではない。

だからこそ、恋だ。恋はいいのだ。一方通行でいい。恋に落ちるのは一瞬なのに輝きを持続するのは難しいと歌の中で指摘したのは誰だったか。つまりそういうことだ。恋を楽しむための準備はいらない。一瞬でいいからだ。

だが、どうだ。令和5年の今、これほど恋できない状況というのはないのではないだろうか。まず出会いがない。いや、異性と出会うタイミングはまあないこともないだろう。だが、万が一それがあっても、相手に勝手な妄想する暇がない。いや、生活する時間軸が違い過ぎるというか。そうこうしている間に、その恋の対象はネットの海に消えてしまうことが多いからだ。

いや、別にネットで出会った人に恋をせよと言っているわけではない。リアルで出会った人。そうだな、たとえば、職場とか、アルバイト先とか、先輩後輩とか、探せばいくらでもある。通勤通学の途中とか。でも、それらの異性とのハプニングが起きない限り、それらを恋の対象として妄想することはもはや至難の業である。時間的にも、妄想力的にも。

ま、それはなぜかといえば、みんなスマホを見ているからだけど。あとは、そうだな、そういう突発的な出会いに期待していない人が大半であるので、いざそういうハプニングがあってもなるべく「触れないようにしてしまう」。それじゃあ何も起きないわけだ。

何度も言うが、恋はいいものだ。だが、恋はとても無理ゲーである。相手もいないし、妄想する暇もない。相手のことを知りたいという欲求がそもそもわかないからだ。いつからだろう。異性に期待しなくなったのは。いや、別に同性に期待していることもないけど。ん-。。同性がたとえば、異性っぽい恰好をしている人がいたらそれはとても気になってしまうけど。姫にいとか好きだし。

そういう存在はリアルでは(いや、地方都市では)絶滅危惧種だし、そういう存在が逆に存在してしまっていたとしても大抵は面白くなってしまう。いくら中の人がかっこよかったり、可愛かったりしても、恋の妄想相手としてはいくらか物足りないのだ。だから、結局、恋をすることができないという結論は揺るがないわけだ。ふう、なんて難しい時代を生きているのだろう。

恋に期待することは何があるだろう、もちろん人それぞれ違うとは思うが。ぼく個人で言えばそれは非日常だったりする。つまりつまらない現実からいかに逃避できるか?が一番重要なファクターなのである。そういうと誰でもいいみたいに聞こえるかもしれないが、もちろんそんなことはない。いや、逆を言えば、ぼくは恋をしたいといいながらも、その趣味があまりにも狭いため、ほとんどの場合恋の対象として考えることができないパターンが多いといっていい。つまり、妄想すら、下手なのだ。

もっといえば、恋は一方通行でいいと言った。これはつまり恋の成就を求めていないということだ。リアルでそういった恋をしたいというと、恋人がほしいとか、結婚したいとか思うかもしれない。だが、残念ながらそうは思っていない。これはわたしの現状を考えてそういったことに需要がないからである。だがしかし、ここでぼくが言いたいことをはっきりとさせれば、「恋だけがしたい」ということになる。

この点については許してほしいとしかいいようがない。恋という特別イベントを体験することがまるでなくなった身であるぼくとしては、恋はもはやファンタジーなのだ。ファイナルなファンタジーである。しかし、恋という特殊イベントは1人で完結できるとはいうものの、対象となる人がいなければ、それは恋にはなりえないのだから困ったものだ。そして、冒頭の話になる。「ゲームに恋している」。

ゲームが大好きだとか、ゲームをしていないと精神が落ち着かないとかそういう話はしていない。むしろ、年を重ねるにつれ、ゲームをしている自分がどれだけ疲れやすくなっているかを日々実感しているところだ。日々ブイチューバ―のような真似事をしている自分ではあるが、腰は痛くなるし、目が疲れたり、眠くなったりする。やはり年には勝てないのである。

そろそろ本題に入ろう。ゲームに恋するとは、端的に言えば、ゲームに登場するキャラクターに恋するという意味で間違いない。今、僕は、人生で初めて、「零の軌跡:改」というゲームをプレイしている。このゲーム、ほぼフルボイスという贅沢な作りになっている。そのため、キャラクターのボイスがふんだんに盛り込まれ、ついついキャラクターに感情移入をしてしまう傾向は強いと思われる。

ゲームは、ストーリーが決まっている。登場人物も固定化されていて、それらのキャラクターはある意味で非現実的だ。だが、ボイスのおかげで身近に感じることができることはまさにゲームならではだろう。そして、ゲームを起動すれば「毎日会える」。そんな架空のキャラクターでありながら、声があり、性格があり、毎日会う同僚のような存在にいかにして恋をするというのか?それこそがハプニングである。

初見プレイするゲームであれば、ストーリーの先を知ることは調べでもしない限りない。つまり、「この先なにがあるかわからない」。そして、RPGお決まりの悪役がいて、その悪役をいかにスマートに倒すかという共通の目的を持つゲームである以上、そこに正義感や達成感はあったとしても、恋愛感情などおよそ関係ないと思うだろう。ぼくもそう思っていた。だが。

このゲーム「零の軌跡:改」には、二人のヒロインが登場する。一人は市長の孫娘のエリィ、もう一人は人攫いという悲劇に逢いながらも主人公の兄に命からがら助けられた薄幸の美少女、ティオ。もうわかるだろう。このふたりは、このゲームにおけるヒロインであると同時に、どちらのヒロインがより好きかでその後の展開を選ぶことができる恋愛システムを採用している。

つまり、この恋愛システムが「ハプニング」となった。ぼくは、単にかわいいキャラクターだなと思っていた二人のヒロインからどちらかを選べと言われ、ティオを選んだ。理由はまあ、、わかるだろうから言わないでおく。そして、ドレスアップして二人で潜入捜査をするというご褒美があったり、ティオと二人だけで深いダンジョンに潜るという特別デートがあったり、とある子どもを連れて3人で家族みたいなデートまで行なった。そして、極めつけは、最後の戦いの前に「この戦いが終わったら遊園地に連れてってほしい」という可愛すぎるお願いをされてしまったのだ。これがハプニングであり、恋である。

可愛い同僚と思っていたティオと、何度か二人きりのハプニングを経て、彼女の抱える悩みや、弱さや、いとおしいほどのキャラクターを知ってしまった。そのうえで、ふたりきりで遊園地デートというおねだりまでもらってしまった。これで恋に落ちない人がいるなら、ぼくはそのひとのことは信用できないだろう。

ゲームに恋をする。これは、長らくぼくが子どもの頃からゲームに求めていた要素の大きな一つであった。それをずっと忘れていたような気がする。いや?ファイナルファンタジー14の自キャラに恋をしている。ああ、ごめんよ、ムジカ。まあ、自分に恋をすることが一番エコシステムであると思ってここ数年を過ごしてきたぼくではあるが、ここにきて、久しぶりに恋をしてしまったらしい。それもゲームのキャラクターに。

恋とは。ハプニングである。恋とはいつも顔を合わせる誰かである。恋とは未来を妄想する力である。恋とは言い換えると、活力である。それは、未来を妄想する時に、その未来に近づこうとするための原動力が必要だからだ。その未来が決して現実のものにならないとしても、もしかして実現するかもしれないという妄想は、よりその内面の活力を大いに掻き立てるものである。それが恋のパワーである。

ティオというキャラクターに恋をしていると認めたぼくではあるが、別に本気で何かしようと思っているわけではない(フィギュアはちょっとほしい)。イラストを眺めたり、その後の展開に淡い期待を持てるだけで十分恋を感じることができる。それでいいのだ。そういう淡い恋心すら得ることのなくなってしまった自分にとってこれ以上のファンタジーは存在しないだろう。だから、ファイナルなファンタジーなんだってば。

零の軌跡:改は最終盤を迎えている。どのようなエンディングを迎えるのだろう。二人きりのデートは実現するのか。そんな期待を持ちながら今夜もぼくはゲームを起動する。それが終わったら喪失感はどれぐらいのものだろう。いや、そのまま続編である「碧の軌跡:改」を起動するかもしれない。

ぼくのこの恋がどのような結末を迎えるのかは、ぼくの動画のアーカイブを見て下さい。YouTubeに上げる予定です。





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