no.2/あみだくじと洗濯機の謎【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)
※目安:約3300文字
「「「「「じゃ〜んけ〜んぽん!」」」」」
七月。土曜日の朝十時。日向荘の一室から、男たちが戦いの声を響かせる。それに合わせるように、玄関先の通路に設置された外置きの洗濯機が、リズミカルなモーター音と水音を立てている。
単身者向けの昭和アパートは、若者が集結して騒ぐと、それはそれはいい近所迷惑になるものだ。でも土曜日だからなのか近隣住民の心が広いからなのか、苦情が来たことは一度もない。
「「「「「あ〜いこ〜で、しょ!」」」」」
「ッシャー、イチ抜け! 幸先いいっスね。じゃぁ僕はここに」
「ど真ん中か。やるな、キツネ!」
「何番目にどこを選ぼうと、最終的には神頼みだがな」
「元も子もないのである」
じゃんけんに勝って喜ぶキツネくんに周囲がチャチャを入れる。
「せーのっ」
「「「「じゃん、けん、ぽん!」」」」
「ウィ〜ッフーーーーーゥ! サスガ俺!」
「ほら、たくちゃんさっさと名前書いてよ」
「じゃぁ端っこ〜」
いつものように103号室は騒がしい。それで今俺たちが何をしているのかというと、ある事を賭けてあみだくじをしている。いや、正確にはあみだくじの場所決めのために、じゃんけんをしている。
「みんな書けたであるな」
「じゃ、102さん。くじ、お願いしマス!」
「ん」
キツネくんに言われるまま、103号室のダイニングテーブルに置かれたあみだくじを、赤いペンでなぞる。俺の右側からたくちゃんの、そして左側からはキツネくんの、ウキウキした「あっみっだっくじ〜」と歌う声に挟まれて、するすると右手が動いていく。
「あ……」
『当』と書かれたゴールからジグザクに線を辿って到着した先には、『拓』と書き殴られた文字。五人で黙って覗き込む。どこからともなく、自分が当たらなくて良かったとでもいうような安堵のため息が聞こえてくる。
「えー、俺かよ」
拓、とはたくちゃんのことだ。
「たくあんさん、持ってますねぇ〜!」
「さすがである」
「拓人頼んだぞ」
「よろしく」
「えーーーーっ!」
たくちゃんが不満気に声をあげるけど、そんな大きな声で抗議したって、最初に決めたルールは変えられない。
「そもそも『洗濯干し係決めあみだ』とかおかしくねぇ? 最近俺ばっかりな気がするんだけど」
「それなりにみんな当たっている。被害意識過剰だぞ」
たくちゃんはゲーミングチェアに怠そうに寄りかかりながら不満の声をあげて、被害意識過剰だなどと返したメガネくんをジトっと見る。そう。俺たちが今決めていたのは、全員分まとめて回した洗濯物を、誰が干すかというものだ。暑い夏の日、全員でやれば早いとは思いつつも、みんな外に出たくない。
「米とおんなじで当番制にしようぜぇ〜」
夕飯時まで一緒に過ごしている俺たちは、既に米研ぎを当番制にしている。
「皆、バイトのシフトが規則的とは限らないからな。天気にも左右されるし、毎日のことでもない。これが妥当だろう」
メガネくんが言う。確かに、今日はたまたま五人揃っているけど、洗濯しようとなった時に全員揃っているかというと、そうとも限らないのだ。24時間365日インドアなたくちゃんは必ずいるけど。
「でーもーさー、キツネならわかるだろ? 家ん中で仕事する人間だって大変だよなぁ?」
「そうッスねぇ。でも言うて僕の収入源は音源の販売とかじゃなくてアフィリエイト収入で、サイトの運営ッスからたくあんさんほど大変じゃないし、まだバイトもしてるし。実感としては良くわかんないっス」
「そうなのー?」
「もちろん、尊敬はしてるッスよ!」
「たくあん氏の大変さは同じクリエイターのキツネ氏でも計り知れないほどなのである」
「お、ござるいいこと言うじゃん!」
日向荘では定職に就いているのがメガネくんだけで、自分で活動をしているたくちゃんやキツネくん、フリーターとしてアルバイトだけしているござるくんと俺。働き方も時間帯もまちまちなのである。
「そもそもどうしたんだっけ? あのデッカいの。誰かの持参品? ……じゃねぇよなー」
外で回っている洗濯機の事だ。容量10kgの、ファミリー向けの洗濯機。屋外に置いて大丈夫かと議論にはなったけど、室内に洗濯機置き場がないので仕方なく、溜まり場である103号室の玄関先に設置されている。
「キツネくんが貰ってきたんじゃん」
「そうっスよ。忘れちゃったんですか? 僕のバイト先のパートさんが、最新型の洗濯機買うから古いの貰ってくれる人を探してて」
「そうだったっけ?」
「そうっスよ」
「ついでに言うと、みんなで使えばいいじゃんって引き取るの決めたの、たくちゃんだからな、忘れんなよ」
「あ〜! 思い出した!」
たくちゃんは、それまでもたれかかっていたゲーミングチェアから勢いよく背中を離した。
「新しいのを追いかけるのもいいけど、最新型のそれだって、すぐ旧型になっちゃうのに……って言った気がする」
「そうそう! その時のやつッス」
「確かに最新型っていうだけで魅力的だけどさ、あれだって一年くらいしか使ってなかったんだろ? 次々乗り換えるの、俺は寂しいと思うよね。人に対してもさ、おんなじよ?」
……ん? 人? たくちゃん、過去に何かあったのか?
そういえば、個人事業主のたくちゃんにしろ、公務員のメガネくんにしろ、みんなも。ここに来るまでの事とか、どうして日向荘へ来たのかとか、何も知らない。でもみんなそれぞれをお互い受け入れていて、何も詮索しない。触れられたくない過去の一つや二つ誰にもあるし、俺だって……
「たくあんさん! その点僕たちなら安心してください! 築48年のアパートなんて古い物件、新しいもの好きさんはきっと住まないですからね」
「……決め手は激安家賃である」
「そこは皆そうであろう」
「それもそうスけどー」
「まあいずれにしろ俺たちにとって、真新しさというものの優先順位は低いと言うわけだ」
「メガネさん、ズバリ! そういう事ッス! 見た目の真新しさより中身スから! それに僕は、ここに引っ越してきたからこそ、たくあん先生に会えたわけなので、そう簡単には出ていきませんよ!」
そうだった。たくちゃんはなんか本書いたりしてるんだよな。キツネくんは何年も前からそれらを読んでいて、ここに引っ越してくる前からたくちゃんの大ファンだったのだ。
「キツネが言うと説得力あるなぁ」
「でしょー? こう見えて、めちゃくちゃ尊敬してるんスからね!」
「へぇ〜悪い気はしねーな」
「いや、キツネの場合、目に見えて尻尾振ってる、ただの妙なファンだがな」
「まさしく、である」
「マジッスか!?」
俺は頬杖をつきながら、そんなやりとりを黙って見て、ちょっとほかほかした気持ちになる。
(ピロリロリロリ〜)
外から洗濯完了の電子音が聞こえてきた。
「ほら、たくちゃん、洗濯できたみたいだよ」
「へ〜いへい」
「たくあんさん! 僕のパーカー、フードんとこちゃんとクルってして干してくださいね、乾きにくいんで!」
「できればTシャツは、ピンじゃなくてハンガーを使って欲しいである」
「拓人、ちゃんとパンパンってやってから干せよ。シワになるからな」
「……ックゥ」
玄関で何か言いたそうにたくちゃんがモヤモヤしている。
「うるせーーーっ! どいつもこいつも注文が多いんだよ!」
あ、爆発した。興奮しやすく生活力の低いたくちゃんへのアドバイスは、過剰に与えるとこうなってしまう。
「あ……」
「……? いっちゃんは何だよ?」
「洗濯かご、ちゃんと持ってけよ?」
「は!? どいつもこいつも! テメーでやれーーっ!!」
また怒らせてしまったけど、たくちゃんには必要な試練なのだ。がんばれ。オレタチガツイテル。
[『あみだくじと洗濯機の謎』 完 ]
▶︎このお話が動画になりました!
【連続アニメ小説『日向荘の人々』日常編第3話-あみだくじと洗濯機の謎】
☟よろしければマガジンもご確認くださいませ
最後まで読んでいただきありがとうございます!