no.9/スーパーからの珍客【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)
※目安:約4100文字
「……コイツはなんだ」
103号室でいつものように夕ご飯を作り終えたメガネくんは、ダイニングテーブルの中央に鎮座する小さなオレンジの球体を人差し指で軽くつついた。
「飯、できたぞ。汚れるといけないからよけといてやれ」
無下にするわけでもなく、オレンジ色のそれを優しく摘み上げると、誰に手渡したらいいかといった感じでキョロキョロしている。
「メガネさん優しい! そうッスね、汚れちゃいかんスよね」
手のひらサイズのそれを受け取ったのはキツネくんだ。見るからにふわふわ手触りの良さそうなぬいぐるみ素材の本体に、それらしい顔が刺繍されて、紫色のとんがり帽子をかぶっている。確か化け物設定のはずだと記憶しているけど、妙にかわいい。
「ジャックオーランタンですよ! かわいいでしょ?」
「それはわかるが、なぜここにいるんだ」
「え? だってもうじきハロウィンじゃないですか」
「それもわかるが、そもそも日本のイベントではない」
「ヒャヒャ! おじいちゃんかよ!」
メガネくんとキツネくんのやり取りを聞いていたたくちゃんが、笑いながらゲーミングチェアごとこちらへ振り返った。
「とりあえず飯だぞ」
「へーいへい」
「ジャックはこちらにもらうである」
ござるくんは早速名前をつけたのか、単に名称を縮めただけなのか、そう言ってキツネくんからジャックオーランタンを受け取ると玄関脇の下駄箱の上へ置いた。
確かに、日向荘はその築年数の貫禄から昭和の雰囲気を醸し出し過ぎていて、ジャックも若干浮いている。ハロウィン自体、昭和時代から騒がれていたのかと言えばそんなことはないと思うし、メガネくんの「日本のイベントじゃない」発言もなんとなく納得できる。とにかくここには似合わない。
「「「「「ゴチソーサマ」」」」」
男5人の夕飯は比較的あっという間に済んでしまう。間も無くカチャカチャと小気味良い音を立て次々と食器が流しへ運ばれていく。料理は主にメガネくんが作ってくれるけど、片付けはさっさと終わらせるためにみんなで手分けしてやっている。とはいえ、ワンプレートや大皿料理に近い盛り付けなので洗い物は少ない。
「よしっと」
キツネくんはニコニコしながら、元通りになったダイニングテーブルの中央へ、再びジャックを置いた。
「ジャック、かわいいッスよね!」
「まぁ、そうだな。どうしたんだ?」
メガネくん、さてはこのぬいぐるみ結構気に入ったな。
「バイト先で今日入荷したみたいで、あまりの可愛さにひとつ買ってきたんスよ!」
「へぇ、あのスーパーでもこういうの売ってるであるか」
キツネくんのバイト先は、近所にある日向荘住人御用達のスーパー。日頃食料品しか買いに行かないから気づかなかったけど、確か2階に雑貨コーナーもあったな。
「2階の雑貨コーナーでね、売ってるッスよ。僕の担当はその隣の日用品売り場だから、なんだかこう、ハロウィン一色になっている売り場に圧倒されちゃって。シフト終わってから見に行ったら、可愛くてつい買っちゃったッス」
「これは確かに、かわいいである」
「ん。このアパートには似合わんが」
似合わないと言いながらも、メガネくんは左手でジャックを摘み上げると、ふわふわのぬいぐるみ素材をムニムニしながらくるくると前後左右確認している。やっぱり気に入っちゃってるじゃん。
「でもハロウィンってお盆みたいなもんなんだろ? かわいいって、なぁ? 日本の幽霊じゃそうはならねぇじゃん?」
「もうこれは世界のマスコット的キャラクターになっちゃってるからいいんスよ!」
「日本人は節操なさすぎなんだよー」
そう言って、たくちゃんは作業に戻ってしまった。この人は読書と作業以外で楽しいと思うことがあるのだろうか。あんなに感情の起伏に任せているかのような行動をとるのに、自覚がないとか信じられない。
「僕、実は渋谷とかも気にはなってるんスけどね」
「行けば良いじゃないか」
「メガネ氏も気になるのであるか!?」
「ん? 俺は興味ないが」
「えー、一人じゃ行けないッスよ。あ、ござるくん?」
キツネくんはそう言いながら、ホラーハウスの住人みたいに、首だけくるりとござるくんへ向けた。
「ぼ、僕も渋谷はゴメンである」
すかさずとびきりの笑顔で俺を見る。圧が凄い。
「……俺も、嫌かも……」
キツネくんは、はぁっと大きくため息はつくものの、そんなに落胆はしていない様子で続けた。
「そうッスよねぇ。僕もね、気にはなるんスけど人混み苦手だし、行ったとしても多分精神的に楽しむ余裕はないと思うんで、別にどうしても行きたいワケじゃないんスよ。パリピでもないし。確認しなくてもたくあんさんは絶対ここから出ないだろうし、みんなも乗り気じゃないし。僕もやっぱり渋谷は無理ッス」
「ま、そうだろうな」
「メガネ氏はお見通しであったか」
「だからこの子を連れて帰ってきたんスけどね! かわいいッスよね!」
「ああ、そうだな」
メガネくんはムニムニを止めない。
「この子、ハロウィンまでここに飾っておきましょうよ! ねぇ、たくあんさんいいでしょ?」
「あ? あー、んー。いーよー」
作業している時特有の、意識がちゃんと入ってない声だ。
「ハロウィンの日は、かぼちゃ料理とかにしません?」
「いいであるな」
「まぁ、メニューが手軽に決まると言う意味ではいいかもしれないが。かぼちゃ料理か。煮かぼちゃじゃ雰囲気出ないだろうから、それらしいものを検索しないとな」
「ここでハロウィンって、それこそ似合わねーと思うぞー」
注意散漫型を自称するたくちゃんは気が散ったのか、作業の手を止めて会話に参加してきた。ゲーミングチェアごとこちらに向き直って、キャスターを転がしながら話に加わった。
「そんな事言い出すんじゃないかと思って、たくあんさんにはこれを買ってきました!」
「は?」
キツネくんは背中に何かを隠し持って、ゲーミングチェアに座るたくちゃんの背後へ急いで回る。
「ジャーン!」
「え? キツネ、何した?」
「ククッ」
「……」
「なんだ、似合うじゃないか」
「ですよね? 絶対似合うと思ったんで、買ってきたッス!」
たくちゃんの頭には、悪魔のツノみたいなカチューチャがはめられていた。
「デビルッス!」
「なんで俺だよ!? 他にもいるだろ?」
「別にたくあんさんがデビルってわけじゃなくて、こういうの一番映えそうなのたくあんさんだったんで!」
「映えねーからな?」
「この中なら一番似合うであるよ。さすがたくあん氏である」
「ホラ、メガネはどうだ? あのミカンみたいなやつ、気に入ってるみたいだしセットでさ!」
「役割分担。俺はジャックだけで十分だ」
メガネくんは完全にジャック推しモードになっている。俺は頬杖をついたままそんなみんなを黙って眺めていた。
……悪魔か。確かに映えはするかもだけど、言葉に裏表がなくて気まぐれに感情ダダ漏れで、子供がそのままデカくなったみたいなたくちゃんは悪魔って感じじゃない。それを言ったら、腹の中だけ饒舌で、自分のことなんて何も話さない俺の方が悪魔にはお似合いかも。別にカチューシャはつけないけど。……隠れ悪魔。タチが悪い。
「あれ、102さん。具合悪い? うるさかったッスか?」
「え? あ、ごめんなんでもない。ちょっと考え事してただけ」
ほら、また心配かけて。腹の中の言葉は、頑張って外に出そうとしても声に乗せる勇気が持てないままだ。
「マジかよ! やだ! キツネ、これとって!」
カチューシャを外そうと、長い腕をバタバタさせるたくちゃんを、キツネくんが楽しそうに阻止している。
「ダメっす! めっちゃ似合ってるし。31日はこれでね!」
「デビルもいいであるが、ヴァンパイアコスも似合いそうである」
「コスプレいいッスね! どっちにしてもきっと似合うから、この際コスプレ用意しましょうか?」
「絶対に、やめろ!」
「じゃ、とりあえず今日のところは外しておきま〜す」
本日の購入品を試着させることができたからか、キツネくんは満足そうにニコニコしている。
「……もう俺に何も被せるなよ……いっちゃんも何か言ってやって」
「102さんはちょっとお疲れモードなんスから巻き込まないでくださいよ」
疲れてはいないけど、弁解する言葉を吐き出すことができない。
「あー、これ」
まだ左手をムニムニさせているメガネくんが口を開いた。
「ハロウィンが終わったら、どうするんだ?」
「ジャックっすか? 最初は僕の部屋で飾ろうかなと思いましたけど、言うて季節的なものだし、メガネさんお似合いだから、良かったら持っててくださいよ。また来年ここで飾りましょ?」
「ん」
「じゃぁそれまでここに飾らせていただきますね。ハロウィン終わったらメガネさんにあげます!」
「そうか」
「コスプレ衣装はどうするであるか?」
「カチューシャあるからデビルがいいけど、ヴァンパイアも捨てがたいッスね」
「だからやめろって!」
「僕また明日グッズ増えてないか確認してくるッス」
「簡単な装飾なら作れるであるよ。レンジャーの装備なら作ったことがあるである」
「え? ござるさんそんな特技が!」
「用意されたって絶対着ねーからな!」
「ヴァンパイアならマントがあるだけでもそれっぽくなるかも。あとは黒い服ッスね!」
「お前ら俺の話無視すんじゃねーよ! 話きけってぇーっ!」
日本人は節操ないなんて言っていたたくちゃんが一番のターゲットにされていて気の毒だけど、もはや止める気もしない。たくちゃん、実際映えると思うよ。
[『スーパーからの珍客』完]
※次回は11月3日(金・祝)20:00頃更新予定です!
☟よろしければマガジンもご確認くださいませ
最後まで読んでいただきありがとうございます!