見出し画像

『野菜大王』と『文具大王』第5章・台風襲来

前章までのあらすじ
裁判にかけられ有罪となった康太は、ファームの師匠パプリカーンと出会った。厳しい農作業に耐える康太に比べてネロは成れたものだ。パプリカーンはネロに遣り過ぎたと教える。康太の為にならぬと言うのだ。日々ピーマンを育てる康太とネロの絆が深まる中、農作物にとって最大の敵がやって来る。


台風襲来

 きっかけは、住所の交換であった。お互いの住所を交換したが紙に書かれた言葉は互いに読む事は出来なかったのだ。「康太! 僕に日本語を教えてくれないか」
 ネロの希望で康太は夜に日本語を教えた。紙と鉛筆は師匠が用意してくれた。日本語と言ってもカタカナだけだが、ネロは嬉しそうに知識を吸収していった。
「日本語で感謝する事を何というの?」
「ありがとうだよ」康太は紙にアリガトウと書いた。
「ネロ、一緒に居てくれてありがとう」康太はそう言うと紙にネロ、イッショニイテクレテ、アリガトウと書いた。
「康太の名前はどう書くの?」コウタと康太は自分の名前を紙に書いた。ネロはここで勉強出来る事が楽しいのだと、康太は感じていた。そして、夜の勉強会は毎日続いた。
やがてハウスの種から新しい命が芽を吹いた。発芽である。
「これからは夜間の温度を二十五度に保つように管理する」
「夜も?」
「当たり前じゃ! お前は命を育てているのだぞ。その事を忘れるなよ」康太は毎晩二回ハウスの温度を測り、温度が上昇すると換気をし、管理すると、芽は日々伸び始め、一週間もすると本葉が十数枚まで伸びた。支柱を立てて成長を誘導する。この頃になると康太は育てているピーマンが愛おしく感じるようになっていた。害虫を駆除し、花が咲き、実をつけ始まったある日の夜中。
「ふたりとも起きろ!」パプリカーンがものすごい剣幕で部屋にやってきた。
「師匠、眠いよ」
「台風だ! ハウスを守れ!」作業服に着替えた康太とネロが目にしたのは、凄い風で吹き飛ばされそうなハウスと、それを必死に押さえる数体のピーマンの化け物だった。ふたりは化け物に混じってハウスの柱を押さえた。雨も降ってきた。
「康太! 大丈夫か?」ネロが叫んだ。
「飛ばされそうだ!」康太は全身の力でハウスの柱を押さえた。しかし、猛烈な風と雨にハウスは今にも飛ばされそうになる。必死で柱を押さえる康太の足も地面から浮き始めた。ネロが康太に抱き着いて、康太の作業着が引きちぎれるくらいの力で康太を引っ張った。ビリ、ビリリと康太の作業着が悲鳴を上げてもネロは康太を離さなかった。

明け方に台風は去った。
「ふたりともよく頑張った。ピーマンもきっと感謝している事であろう」パプリカーンは穏やかに笑った。
数日が経った朝、元気でみずみずしいピーマンが緑色に輝いていた。
「さあ! 収穫だ」パプリカーンは朝日に叫んだ。ふたりはひとつひとつピーマンを収穫した。自分で育てたピーマンを手にした康太に、ネロはピーマンの気持ちだと言いながら土にアリガトウと書いた。毎日続いた夜の勉強会の成果である。
「康太、食べてみるか?」パプリカーンは康太にピーマンをひとつ渡した。康太は頷くとそれを口に運んでかみ締めた。
「甘い! このピーマン甘いよ」康太は取れたてのピーマンを始めてまるかじりした。この日の夕食はピーマンの肉詰めであった。康太とネロはピーマンの化け物がピーマンを美味しそうに食べる姿がおかしかった。
                               つづく

この記事が参加している募集

スキしてみて

SF小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?