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【小説】KIZUNAWA⑥        太陽の決意・最後の望み?       

七番目のランナー
 
  太陽は、この日練習を休んだ。中三の時インフルエンザに掛かり休んで以来、久しぶりの事だった。誰もいない教室で一人、便箋に文字を綴っていた。

『この度一親上の都合でサッカー部を退部いたしたくお願い申し上げます』

自分に嘘を吐いて必死で綴った退部届、「良い! これで良いんだ」自分に言い聞かせて、便箋を封筒に詰め様とした時だった。
「相変わらず下手くそな文字だなー」
その声に驚いて太陽が振り返るとそこには雅人が立っていた。
「何言っていやがる、お前の文字とそう変わらねーだろー」
太陽は反論した。
「でもな! 一身上のシンの字は親じゃないから」
「えっ! 何処?」
「ここだよ」
雅人は便箋の一か所を指差すと誤字で書かれた退部届をもぎ取るとずたずたに破いてごみ箱に捨てた。
「何するんだよ」
「書き直し」
そう言われ太陽はもう一度便箋を広げる。
「ゆっくり丁寧に書かないと渡野辺先生に怒られるぞ」
「一シン上のシンはどういう漢字だっけ?」
「身、自分自身のシンだよ」
「雅人、お前頭が良いな」
「そんな漢字、小学生でも知っているよ」
「そうなの? 最近はパソコンばかりで漢字忘れるよな」
「勉強してねえだけだろう」
「昔は知ってたよ、馬鹿にするな」
「どうだか? 書けたのか? 見てやるから貸してみろ」
太陽は素直に丁寧に書き上げた退部届を雅人に渡した。
「なるほど良く書けているな」
雅人は微笑むと同時に、ずたずたに破いて再度ごみ箱に捨てた。
「喧嘩売っているのか?」
「馬鹿相手に売る喧嘩なんてないよ」
「……俺が走……」
「俺が走れば大好きなあの子が喜ぶってっか?」
「……」
「馬鹿かお前は、広江の気持ちが何も分かってねえんだな」
「雅人だって七番目のランナーが必要だろう」
「ああ、だから捜している」
「だから俺が走ると言っているんだ。五キロなら練習しなくても走れるし、お前たちほどの実力があれば日本一だって夢じゃあないだろう」
「楠が走ってくれれば確実に取れる自信はある」
「だったら……」
「楠はマラソンと駅伝の違い分かるか?」
「馬鹿にするなよ。襷をリレーするか一人で走るかの違いだろ」
「そうだな。でも三〇点かな」
雅人は続けた。
「マラソンはスタートからゴールまで一人で走る。だから体に違和感を覚えたり、苦しくなったりしたら自分一人の責任で棄権する事が出来るんだよ。ただ駅伝には襷がある。襷はただ布で出来た輪じゃあないんだ。それには沢山の人の思いが籠っているんだ、だから簡単に放棄出来ない。フラフラになっても走る駅伝ランナーを楠も見た事あるだろう。駅伝のランナーは襷を繋いでいるのではなく、絆を繋いでいるんだ。布で出来ていて丸くて汗や涙が浸み込んだ絆輪を仲間に託すスポーツが駅伝なんだ」
「……何が言いたいんだよ」
「お前が大好きな女の子の話だよ」
「茉梨子がどうしたって言うんだよ」
「俺たちだって楠に走ってもらう事は考えたよ。提案もした」
「だったら俺がやる。俺が走ると決めればそれで済む事だ」
「謝るんだよ。広江が何度も何度も俺たちに謝るんだ」
「広江は、自分が楠に頼めばきっと即答で決まるだろうと言っていた。しかし、それは楠の夢を奪う事になるから出来ないと言って泣きそうになって皆に謝るんだ」
「俺の夢なんて実現するには遠い夢じゃないか」
「お前は本物の馬鹿だな」
雅人が太陽の頭をこずいた。
「馬鹿相手に売る喧嘩はなかったんじゃないのかよ」
「サッカー部はどうなる? 毎日一緒に目標に向かって頑張っている、お前の仲間はどうなる? お前たちはボールに思いを託してパスを繋いでいるんだろう。一人の自己満足でそんな仲間を裏切っても良いのか?」
「広江はそこまで考えている。お前が駅伝部を助けてくれて、その後サッカー部に戻っても半年間は公式戦出場停止なんだろう」
「うちの部はメンバーが多いから俺一人いなくても勝ち上がれる」
「かもしれないな。でもお前の仲間はどう思うかな? 石川の事は知っているよな」
「……」
太陽は黙って頷いた。
「駅伝部に戻ってもらおうとも考えたんだが、どうしても信頼感が戻らない。広江は楠に石川の様な思いをさせたくないと思っているんだよ」
「……」
太陽は黙っていた。
「そんな体たらくだと、振られるぞ」
「別に付き合ってねえもん」
「それなら俺が広江に渡してやるから、退部届をもう一枚書けや」
「書かねえよ」
「素直じゃねえな」
「でも駅伝部はどうなる? 明日駄目ならピリオドを打たれちまうじゃあないか?」
「まだ半日あるし、駄目だったら来年、もう一度、スタートラインからやり直すさ」
雅人は笑顔で言ったが、太陽にはその顔から悔しさがにじみ出ている様に見えた。
                              つづく

読者の皆さん!
読んで頂きありがとうございます。さて、七番目のランナーは誰だと思いますか❔コメント欄に送ってください。

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