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【小説】KIZUNAWA⑫ 駅前事件・君のバイクは泣いている!

 本間は横川の首根っこを捕まえると自分の白バイまで連れて行った。
「君はどうしてそんなに問題を起こしたいのかな?」
横川は不貞腐れてその問いには答えなかった。
「君のバイクをここに持って来なさい!」
本間はロータリーに倒れている横川のバイクを指さす。横川はしぶしぶ自分のバイクを起こして引いて来た。本間が彼のバイクのエンジンを掛けてアクセルを噴かす。バリバリババンというけたたましい音が鳴り響いた。
「すごい泣き声だな」
本間が横川に言った。
「違法じゃない」
横川はニヤリと笑う。確かに違法すれすれの改造だった。本間もその事は初めて横川のバイクに出会った時から分かっていた。そこへ渡野辺が近づいて来た。本間は無言のまま右手で渡野辺を制止し軽く自分の胸を叩いた『私に任せろ』と言うサインであった。
「違法じゃないんだから良いだろ!」
横川は喧嘩腰である。
「誰が悪いと言ったね? 私は君のバイクが泣いている! と言っただけだよ」
「バイクが泣く訳ねえだろう」
「いや、泣いているな! このバイクは悲しそうに泣いている」
「チエッ?」
舌打ちをしながら目を反らす横川に対し、本間はゆっくり語り始めた。
「バイクはね、人のために作られた道具なのだよ。だから人のために役立ちたいと常日頃思っているのだ。こいつは街の人達の安全や生活を守るために作られたバイクだ」
本間は白バイのエンジンを掛けて軽くアクセルを吹かした。
「どうだ? 静かだろう」
「ふん!」
そっぽを向き無視をする横川に対し本間は続けた。
「君は知っているかね? 阪神淡路大震災の時、神戸の街には交通渋滞が勃発して四輪車は動けなくなってしまった。そんな時、全国からライダーが神戸に集まって来て物資の輸送に協力したんだ」
「地震の時?」
横川は少し興味を示した。
「そうだよ。その教訓は東日本大震災に生かされた。多くの人の命を飲み込んだ津波は生き残った人々の心をも蝕んでいた。渋滞で救急車も動かない被災地に対し、自分達に出来る事はないかと全国からボランティアライダーが集まって来て物資を運んだのだよ。そのお陰で救われた命は少なくないのさ」
「……」
「バイクは乗る人間を選べない。悲しいよと泣くしか出来ないのだよ」
「君のバイクは良い音じゃない! 泣き声にしか聞こえないのだよ」
「良いじゃあねえか! 俺が買ったバイクなんだからよ」
「君のバイクは君に選ばれたため、人に迷惑を掛けながら出したくない音を出している。そんなの嫌だって言っている。相棒の声を聴いてやれないかな?」
「どうせ俺たちみたいな人間は、世間の奴らに差別されているのだから、違法でない限りあんたたちにあれこれ言われる事はないだろ」
「差別ですか? ほー。では聞くが、あの花屋の前にいる母子、乳母車で寝ている赤子がいつ君を差別したというのかね?」
「……」
本間の言葉に横川は答えられなかった。
白バイは人の暮らしと命を守るために作られたバイクだ。だから優しい音を出す」
「暮らしと命を守る?」
「そうだ、人の命を守るために、私と一緒に走っているんだ。君もバイクを愛するライダーならバイクの気持ちを考えてやれ!」
そう言うと本間は白バイのエンジンを切って交番に入って言った。
「俺は、どうなるんだ?」
横川は交番でお茶の続きを楽しむ本間に聞いた。
「八時を過ぎたのでね。私の勤務時間は終了した」
「良いのか?」
「京都に来る事があったら、府警本部の本間を訪ねて来なさい! 私が毎日手入れをしている最高の相棒を見せてやる」
そう言うと本間は京都府警の名刺を一枚横川に手渡した。横川はけたたましい爆音を上げて立ち去って行った。
「名刺なんて渡して良かったのか?」
八木が聞いた。
「彼はうまく化けると良いライダーになるよ。本物の悪じゃない!」
本間が自分の経験から下した判断だった。
                           つづく

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