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【小説】KIZUNAWA⑪        駅前事件

 達也と太陽は一気に階段を上り切ってロータリーの横を歩きながら見守り隊の引田に会釈をした。その横を白バイが一台、ロータリーを一回りして駅前交番の横に止まるのが見えた。白バイを避ける様に横川と原子のバイクが太陽たちの横に止まるとバリバリと音を立てたまま話しかけて来た。
「お前ら! 全国大会走るんだってな」
横川の後ろで原子がにやにや笑いながら達也たちを見ていた。
「達ちゃん行こう!」
太陽は立ち止まった達也を促した。
「三歩先に段差五センチ、達ちゃん気を付けて」
「無視かよ? みっともない姿を、テレビに映されて学校の面汚しになるなよな!」
横川が言った瞬間、太陽の脳裏で何かがプツンと切れる音がした。
「学校の面汚しはお前たちだろう!」
太陽はそう叫ぶとテザーを離してしまい、横川に飛び掛かった。そして、太陽の拳が横川の顔面を捉える。強烈なパンチにすっ飛んだ横川も直ぐに立ち上がり、二人は取っ組合いになってしまった。
「楠君やめてー!」
達也は不安と戸惑いから必死に叫んだ。引田が慌てて止めに入ったが、二人の若者の力に跳ね飛ばされて尻餅をついていた。
「広江さん止めて! 昨日から付いて来てくれているのでしょ? 広江さん!」
達也は辺りに聞こえる声で叫んでいた。毎日達也が後ろを気にしていたのは、心配して二人の後を付いて来ていた茉梨子に、気が付いていたからだった。
「達ちゃん! 大丈夫?」
茉梨子は慌てて走って来て達也をかばうと抱きしめた。二人の警官が交番から飛び出してきて横川と太陽を引き離した。達也は飲料水の自動販売機横で茉梨子に抱かれ震えていた。
 
 京都府警交通機動隊の本間勇(ほんまいさむ)巡査部長は二週間の研修期間がこの日の八時に終了する。長野県警での研修を終えたら二日間の有休休暇を取り、善光寺の参拝をして帰る予定であった。白バイ隊の隊長でその運転技術は全国でも五本の指に入ると言われている。県庁から上田市まで続く国道のパトロールを毎日続けて来た。折り返し地点であるこの街の河山駅前交番には、全国警察官研修で友人になった八木巡査部長が勤務している。本間は研修の終了をこの街の警察署にしてもらい、今晩は八木と一献交わす約束をしていた。昨晩このロータリーに来た時、ちょうど八木が爆音を立てて騒いでいた少年達を注意していたところだった。『八木さんの説教は聞き入れられていないか』本間はそう思いながら駅前交番に白バイを付けた。
「お疲れ様です」
本間はヘルメットを取りながら椅子に座った。
「寒かったでしょう?」
八木は温かいお茶を本間に薦めた。
「いただきます」
本間は出されたお茶を一口すすると八木を見た。
「京都から取り寄せましたよ、おかげで小遣いが減ってしまった」
八木は笑った。
「宇治ですね。やはり旨い」
本間がそう言った時、駅前から大声が響き伝わって来た。
「やれやれ、朝から喧嘩ですか」
本間はすすっていたお茶を置き八木と共に仲裁に走った。本間は、警官の姿を見て逃げ出した原子を横目で見ながら、横川の首根っこを掴んで引っ張った。
「はいそこまで!」
八木は太陽を背後から羽交い絞めにして二人を引き離した。
「君はこっちに来なさい!」
そう言うと本間は横川を自分の白バイを止めてある方に連れて行った。
「引田さん! お怪我はありませんか?」
八木は引田を気遣いながら太陽を交番に連行した。
「私は大丈夫ですから、何とぞ穏便に」
引田は交番まで付いて来て言った。
「穏便にしたいのですが、こんなに大騒ぎになってしまっては学校に連絡しないとね」
八木が太陽を睨みつけた。
「サッカー部です。駅伝部は関係ありません。連絡はサッカー部の渡野辺先生に!」
駅伝部が何か問題を起こしたら全国大会に出場出来なくなる。太陽はとっさにそう考えたからだ。
「渡野辺先生ですか? 本当に渡野辺先生に連絡しても良いのだね?」
八木は何故か個人用のスマホをバッグから取り出すと電話を掛け、駅前の喧嘩事情を説明し引取りを依頼していた。『もしかして?』と太陽は思った。サッカー部にはある伝説がある。昔のサッカー部は落ちこぼれ軍団と言われるほどの始末であった。ある日、部員が警察のお世話になり、渡野辺が引き取りに行ったそうだが、警察官の事情聴取に立ち会った渡野辺は、聴取に嘘ばかり答えている部員に対し
「ぐれるのはお前の自由だが人として嘘はつくな」
そう言うなり警察官の前で部員を凹々にした。そんな渡野辺に対し
「先生! それ以上やったら逮捕します」
警察官が止めたという噂だった。確かに渡野辺は生徒の事を一番に考えてくれる先生だ。特に人の道に反する事には厳しく指導する先生として、生徒間では有名だった。
 
一〇分もしない内に渡野辺の愛車は駅前交番の前に止まった。渡野辺は交番に飛び込むや否や
「申し訳ございません!」
頭を下げて、太陽の後頭部を左手で押さえつけた。
「先生! お久しぶりですね」
八木は笑いながら言った。
「八木さん! この度の事は」
渡野辺が言い掛けたが、八木は右手を前に差し出して言った。
「先生にお任せします」
渡野辺はまた深々と頭を下げると太陽を愛車に押し込んだ。
「そこの二人も乗りなさい! 遅刻するぞ」
渡野辺は心配して交番の横に佇んでいた茉梨子と達也を呼び寄せた。そして、横川が注意されている白バイ隊員の元へ謝罪に出向こうとしたが隊員に無言で制止されたため、仕方なく車へ戻りエンジンを掛けた。
 
 太陽は助手席に座り小さくなっている。学校に着いたら、そうとう叱られると覚悟していたからだ。
「楠、怪我はないか?」
太陽が黙って頷く。
「事情は八木さんからの電話で聞いた。でもな、どんな事情があっても暴力はいかんぞ!」
渡野辺は言った。『どの口が言った?』太陽は思っていた。
「今回の事は学校には報告はしない。この車を降りたら普通にしていなさい。良いね、もう一度言うけれど暴力は絶対に良くない。あ! それと引田さんには、今日中に謝罪しに行きなさい」
渡野辺はルームミラーを見ながら続けた。
「後ろの二人も良いね。だから広江! 言いたい事は車の中で言っておきなさい」
渡野辺はミラーに映った茉梨子の顔を見ていた。茉梨子は、少し間をおいてから口を開いた。
「太陽! 男の子だから喧嘩する事もあると思うけれど、お願い! テザーだけは絶対離さないで」
太陽は再び黙って頷いた。心の底からにじみ出た茉梨子の言葉は、太陽にとって渡野辺の𠮟咤など足元にも及ばないほど強烈な一言になっていたのだ。そのやり取りを黙って聞いていた渡野辺は、笑顔でハンドルを切った。車は校門を通過していた。
                               つづく

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