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【小説】KIZUNAWA⑤        七番目のランナーを捜せ!

拡散された誹謗中傷
 
翌日からの駅伝部は練習よりメンバー集めに奔走していた。まずは運動部に所属していて、走る事に興味のありそうな生徒を中心に手分けして口説きまわった。しかし、残念な事に誰一人入部を希望する者はいなかった。スクールバスが到着するのを待って一般の生徒にチラシを配ろうとしたが、皆足早に教室に向かってしまうので、駅前でバスを待つ生徒に配ったほうが効率の良い方法だと思った茉梨子は翌日から駅前に出向いた。
 
「おはよう! 気を付けて行きなさい!」
駅前では、見守り隊と書かれた腕章を付けて地域の朝を見守ってくれているおじさんが、通学路になっている駅前商店会を通る小中学生は勿論の事、高校生にも笑顔で声を掛けていた。
「失礼します。何時もありがとうございます」
茉梨子は丁寧にお辞儀をしておじさんの横でチラシを配り始めた。しかし、何故か「駅伝部です!」と言うと上田北高の生徒は逃げる様に目を反らした。茉梨子が不穏な空気を感じながらチラシ配りを続けていると、同級生で仲の良い石井智子(いしいともこ)が近寄ってきて小声で言った。
「茉梨子! 無理だよ。SNSを見てないの?」
智子は茉梨子に自分のスマホを開いて見せた。
(自分勝手な駅伝部)(親の気持ちも考えて)(仲間が亡くなっても涙なしの悲しい奴らに天罰下れ)(全国行ってもろくな事なし)
「これじゃ無理よ! 茉梨子、やめて学校へ行こう」
そう言って茉梨子の手を引っ張る智子の手を茉梨子は振り切った。
「智子ごめん。気にしてくれてありがとう。でもね、皆に誤解されても先輩との約束だから、先輩の願いだから出来るだけやりたいの」
茉梨子はそう言うとチラシ配りを続けた。
「駅伝部です! 一緒に走りませか?」
智子の言う通り誰一人興味を持ってくれる生徒はいなかった。
「茉梨子、それなら私が真実を拡散するから。何処まで出来るか分からないけれどやってみるから」
「ごめん、ありがとう」
「こら! 謝るな。親友でしょう」
智子は笑って言っていたが、茉梨子は優しい友達に迷惑を掛ける事になってはと懸念していたのである。その時だ。
「北高駅伝部か?」
男子生徒が声を掛けて来た。
「はい! 一緒に走りませんか?」
茉梨子は嬉しそうにチラシを手渡すとその男子生徒は茉梨子の目の前でチラシを破り
「お前ら天狗になっているんじゃねーよ」
チラシをぼろぼろに破くと、茉梨子に投げ付けて走り去ってしまった。その後ろ姿は上田北高の制服とは異なっていた。茉梨子は悔しかった。自分たちの思いとは全く違う形で拡散された誹謗中傷が、北高を越えて他校にも広がり大きな壁になっていたからだ。
「負けない! 負けるな! 頑張れ茉梨子」
茉梨子は自分で自分を必死で励ましながら飛び散ったチラシの破片を拾い集めている。すると、しわくちゃで、油汚れが染みついた手が、飛び散ったチラシの破片を茉梨子と一緒に集め始めた。見守り隊のおじさんであった。
「マネージャーも大変ですね?」
「ありがとうございます」
茉梨子が頭を下げると。おじさんは微笑んで、優しい顔で言った。
「理不尽な誹謗中傷なんか気にしない! 諦めたら負けですよ」
おじさんは、茉梨子が集めたぼろぼろのチラシをそっと自分の手に受け取って「最後に勝つのは本物ですよ。嘘やいい加減な言葉には、本物の思いや言葉に勝つ術などありません」
首を捻っていた茉梨子におじさんは続けた。
「あなたは言霊を信じますか? 言葉には魂が籠っていて、声に出して喋ったり、文字に書き起こすと、それが現実になるという事です。おじさんは古い人間だから、こんな事を信じてしまいます。自分の名も告げずに勝手に他人を批判する様な言葉には魂なんて籠っていない。偽物の言葉だと私は思いますよ」
おじさんはそう言うと右手を差し出した。
「その新しいチラシをくれませんか? 私は、そこの自転車屋だから見えるところに貼ってあげますよ」
「おじさん! ありがとうございます。なんか元気貰っちゃった」
茉梨子はチラシを一枚手渡した。その顔は天使の笑顔に戻っていた。
「学校には自転車や徒歩で登校する生徒もいるでしょう。駅前で駄目なら校門や自転車置き場で配ってみたらどうでしょうか?」
茉梨子はこくりと頷いた。
「明日の朝からこの場所は、おじさんが配ってあげます。駅前ではおじさんの顔は売れていますからね」
そう言うとおじさんは茉梨子の手からチラシをもぎ取ると半分取って残りを返した。呆気に取られている茉梨子におじさんはまた優しい笑顔を贈ってくれていた。
 
その日の放課後から茉梨子たちは学校の自転車置き場や校門を中心にチラシを配ったが、結果は同じだった。
 全国大会のメンバー登録の締め切り日まで残り三日、あと二日頑張っても部員が集まらなかったら出場を断念して準優勝校の佐久工業高校に長野県代表を譲るしかないと顧問の宮島に言われていた。辺りはもう真っ暗になり、グラウンドの照明灯には光が灯され、野球部のバットがボールを跳ね返す音だけが響いていた。
 
太陽が練習を終えて部室に引き上げ様としたら、この時間には珍しく達也がお決まりのボックスシートに腰を下ろして夕方のグラウンドを見ていた。
「まだ帰らないの?」
太陽は朝の様に達也の隣に腰を下ろす。
「うん、お迎えが遅れているみたい」
「お金持ちは良いな。毎日送迎車で通学だからな」
「そんな事ないよ、僕だって皆と電車で通学したいんだ」
寂しそうな声だった。
「だったらそうすれば良いのに」
「お爺ちゃんが許してくれないもん」
「達ちゃんのお爺ちゃんは市の有力者だからな」
「優しくて良いお爺ちゃんだけど心配性なんだ」
「そうか」
「駅伝部、苦労しているみたいだね。広江さん僕のクラスにも来たよ」
「あいつ進学クラスへも募集に行ったのか。相当苦労しているみたいだな」
「楠君はサッカー部を辞めるの?」
「なんで突然そんな事を言うの?」
「だって左足の外側のポイントが減っているみたいだけれど、変える気がないようだし、練習を早く切り上げたから」
「ポイントが減っている事も達ちゃんにはわかるの?」
太陽は若干蟹股でボールを蹴る時に軸足となる左足の外側のポイントがよく減ってしまって、その都度変えていたのだが、ここしばらく変えていなかった。
「辞める気でしょう?」
「達ちゃん! この前話してくれた吉本先生の話、達ちゃんはどうやって乗り越えたの?」
太陽は話題を変えた。
「乗り越えてないよ」
寂しそうな声だ。
「だって進学クラスで勉強は出来る、スポーツだって理論では誰にも負けないくらいの知識があるでしょう」
「それは本をたくさん読んでいるからだよ。本当は僕も楠君たちとボールを蹴ったり、グラウンドを走り回ったりしたいけれど、今はこの席から前に出る勇気がないんだ。小学校の時からずっと一歩を踏み出す勇気がなくて。吉本先生のお陰で学校には行ける様になったけど、あの日から僕の壊れた時計は動かない。自分から逃げているだけだと頭では分かっているけど、怖くて心が動かないんだ」
「そんな事ないよ、俺より達ちゃんはずっと大人だよ」
 達也がもう一度話を戻そうとした時だった。
「坊ちゃん! お待たせを致しました。遅れて申し訳ございません」
毎朝、駐車場から二人を見ている黒服の男だった。
 達也の家は地元でも名士で大富豪だ。達也は毎日黒塗り高級車の運転手付きなのだ。
「坊ちゃん帰りましょう。楠様、お風邪をひかぬ様にお気を付け下さい」初老の男は西之園家の執事、桜井紘一(さくらいこういち)だ。寒空に練習着一枚の太陽を気遣っての言葉であった。
                                つづく

七番目のランナーが見つからない北高駅伝部!
迫りくる登録締め切り日!
駅伝部の運命はどうなるのか!


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