とても良い具合の、カウンセラー山羊たち。

 組織大学の対話サークル『カウンセラー』の専用対話室。少し古い冷房機の『ごー』という音が背景として鳴っているそこでは、今日も一限の授業を知らん顔で素通りしていく学生たちによる対話で盛り上がっていた。
「……君のネーミングセンスには一年前と三か月、さらに二年ほど前から飽き飽きしていたけれど、まさか枝豆を天空に飛ばしてしまうとはね」
 サークル長である山羊のc級は、眼鏡をくいっと押し付けなが言った。「……なあなあ……風船って、みんな性行為を目的としているんだろう?」
 すると、それに反応するように、同じく山羊であるタイコが立ち上がる。と同時に、「おい、ここはお茶も出ないのか」と客のような雰囲気で風上を飲み込んだ。
「お茶だと?」c級は面倒くさそうに言った。
「あああ、ああ……」
「おい、お茶だよ」タイコは怒号を響かせるが、それは鉄道にすら匹敵していないので、どうしようもなくなった赤子のような双方。
 するとc級。
「お茶だせよって……」ひそりと。「まじかよ、ここって飲み屋だったのか。てっきりもう、交番かと!!!!」
 そうして言いながら、うふふふふふ、と口を手で押さえながら笑う。それは野次馬根性だけは高い女子高生の、苛立ちの感じられる笑い声だった。
 明日からおよそ、『でくの坊』と名づけられたc級の親たちは、まるでどこぞの運び屋のような風貌を脇から出しながら、キッチンへと進んでいった。
「ふーむ……まるで挿入みたいな進みだ。ゆっくりだが確実で、なおかつ、その場の雰囲気にしっかりと飲まれている」
 しかし誰も、それに答えながら立つものはいなかった。
「ああ、ならお前だせよ」
「私は山田です」
 隣に居座る山羊の山田は静かに言った。
「誰だお前」
「山田だよ。部員」c級が姿勢の良い着席をしている山田につかみかかろうとするタイコを、必死に止める。「部員、部員……山田部員」
「ああそうかい。山田部員」
 どうやらタイコは、納得したらしい。
「良かった」
 その笑みに、銀色の時計が、どうしようって言ってくる。これってつまり、恋なのかなって思う。でも所長は、違うって。
「なんでなんでなんで」
「どうした」
 突然喚き散らし始めたc級を、タイコは静めるつもりで殴りつけた。c級のフサフサな頬はたちまち膨れ上がり、皮膚の炎症はまるでおたふくかぜのようだった。
「ぼくはなにもやってない、ぼくはなにもやってない……なあ?」
「しるか」
「私は山田です」
 山田は椅子に正しい座り方で座っていて、ただ外の景色を窓越しに見ていた。隣のクラスの他人は、そんな山田の姿がどうしようもなく好きで、独り占めとか、そういうのをしたいなって思えるほどで、もうたまらなくなって山田に話しかけたんだって。
「へえ、それで?」
 タイコが何も無い空間に問をかけた。
 近くでは床に這いつくばるc級が、頬を押さえて必死に、「救急車、よんでくんね?」と言っていたが、部屋に侵入し放題なゴキブリですら、それには答えない。
「山田、そのあとお前は、なんて言ったんだ?」
 タイコは山田のほうを一か月ぶりに見ると、それからゴキブリを噛みしめて言う。「どうして、女じゃないのに肺が二つあるの」
「私は山田です」
 地下室に居るゴキブリは、片手に油性ペンを持ってから憧れのあの人たちに思いをはせていた。それは野菜を掘り起こすよりも難しく、どんなに頑張っても地元の農家にかなわない。
「でも、これにサインとか、そういうのしてもらわないと、どうしてもいけなくってさ……あ、ははは……な、なんかさ、飴みたいだねぇ」
 タイコは女々しく声を出しながら、それでも気持ち悪く笑っていた。表情筋が悲鳴を上げるとそれをすぐにやめ、スッと、顔を仏像のように固まらせてから、「やあ! ところで鼠ちゃんはどこに行ったんだい?」と笛を吹くような口で言ってみせた。
「ええっとぉ……あの、アメジストってやっぱり看板娘の頭頂部ですよね?」
 c級はもうすでに、三年ほどの外科手術を受けていたのだ。
「なんというか、もう木製のダイスを手の中で撫でつけるのに我慢ができなくなってしまいましてね……まあ恥ずかしい話ではあるんですけど、それでもやっぱり、現状をしっかりと伝えるのって大事だなって、ペットの犬に一日一回エサを与えることよりも大事だなって思って……それも新幹線だけど、でも線路って美味しいですよね。えへへ」
「ふむ。伝票をここに」
「あ、はい」
 するとタイコは、さらに答える。
「鼠ちゃんはもう死んじゃったんだ!」
 c級はうなってから、うな重。……もう晩御飯は食べた後でしょうが、それでもc級は、猫が死んでいる事実に驚愕をしてしまったのだった。
「なんでだ! 誰が殺した!」
「消火器」
「お前かよ!」
 吐き出された唾が、山田の元へと付着した。
「私は山田です」
 その眼光はやはり虚無を視ていた。それを見定めた二人は改めて平和協定的な握手をふさふさの素手でした後に、壁沿いに設置していある長机に向かっていく。それから、まるで熟年夫婦のような背中を山田に見せながら珈琲を二杯分入れた。
 出来上がった珈琲はブラックで、ありとあらゆる癖を取り除いたただ苦いだけの黒色の液体だった。
「まずそう」
「ワカメ」
 二人はそれの完成に対し、地面に瘡蓋を発見した際のようなひどい喜びを感じていた。そしてそののち、珈琲を近くの、とても大げさに開けられた窓から外に投げ捨てて、席に戻って行った。
 席に着席した途端に、タイコは喚き散らした。
「お前、お前……なんで珈琲を投げちゃったんだよお」
「だってぇ……だって、なんだかデキがよくなかったんですもの」
 それを言ったのも、やはりタイコだった。
 ただ傍観するc級。
 それを見ていなかった山田。
 そうするとタイコは、天井に設置してある切り分けれていないかまぼこのような蛍光灯を拝みながら。
「たのしいたのしい終了を。楽園に向かうような、終了を」
「まるでジャクソンカメレオンだな」
「え、違うけど。……ううんとっても、空。でも、真実だけど!!」
 たくさんの酸味を含んだ多く含んだ自動販売機。
「右回り、そうして便器……?」
 そういえば、昨日釣り上げたザリガニ。道端の自動販売機は、払いと受けを同時に携わった……そうしてから戦慄を、動機よりも深い血管にはじき入れてしまった。
「妄想、妄想、妄想……」落胆したのは道に居る声明だったし、それでも山羊は歩くし。「幻想、幻想、幻想……」
「だらしない」
 椅子を老後の叫びに。軽蔑の目をc級に向けるタイコ。ちなみに山田は何もなかった。
 それはさながら、テーマパークとポップコーン。
「あ、未来から来ました」
 そんなタイコに疑問を抱いたc級は、都会で見かけた女の子の広告にそうするような目をタイコに向けた。
「それって、もしかして、詩人?」
「いいや、拒否するよ」するとc級は、「あっそう」とだけだった。
「昨日出向いた都会には、自動販売機が一台もなかったよ」
 c級はそんな都会に、ただの怒りを感じてしまった。
「罪ですかね」
「いいや。林檎だよ。……ああでも君は、ひどいほどの放尿をしたことがないだろうが」
「そうか、でも私はこの放尿電気、隣人と一緒に、未来から来たよ」
 前頭葉をオヤツのクッキーの雰囲気で食べる、タイコ。
 c級はもう無理だと呟かずに、山田の方を見てみた。
「私は山田です」
「だろうな」
 山田を傍観するc級は、結局ただの山羊だった。
 そうすることで、嘆く人なんていなかったけれど。でも振り返ってみれば、山羊たちの生きざまなんて、そんなものだった。
 小さい頃にそれに気づけたc級やタイコはまだ幸福だったかもしれない。だってそれに気づけないということは、それだけでハンデであり、それだけでマイナス。
 だから二人はリズミカルに、まるで互いの中の心情を確かめ合うように声を出す。
「終了させようよ」
「おぅ……」
「終了させようよ」
「おぅ……」
「終了させようよ」
「おぅ……」
「終了させようよ」
「おぅ……」
 そうして数秒の感覚。自動販売機はこの間にも、結局生成されている。
 深い呼吸で目のくらみを直したc級が言う。
「ああそっか、なら後は、不倫モノのドラマの広告でも楽しんでなよ」
「シニタクナイ、シニタクナイィィ……」
 タイコは胸元の錠剤入れの瓶を優しくなでていた。それを見ているc級は、やはりやってくる今後について思いをはせる。どうしてか危機感はいつも、ポケットの中に入っている一つだけの飴に見えてしまう。
 そうか。我々はもっと傲慢で、罪を深く背負うべきなのではないだろうか、と思えてしまう。
 レッサーパンダは皆、むこうの兄弟をアスリートへと期間付きで指名していた。世界はどうやら広いらしいが、それでも全員が無口だった。
「だってもう、君の性格は無効じゃないか? やがてたんぱく質のような、錠剤を得てして成り立っているけれど?」
 『エフ』という名の犬を、君は殺したことあがるか? それはこのサークルと、それを抱える子宮の未来の予想図で、自由工作は波へと向かって名を残す。濃く受け継がれた対話の人生こそがマイノリティであり、アイテムを補完する際の手順ですら、全員の頭脳の右端に収納されている。
「でも、楽しそうだろう? ……そうでもない?」
「ああ……」
「みんなか……広場らしいな」
 タイコは笑う。ついでにタイコには、航海の経験はないが、実際には似合っていない。
 異性のボイコットとダイエットの中間だったという幻覚を見ていた過去があるc級は、当時の周りのケーキたちを暴飲していたらしい。
「奈良県……」そうしてc級は右を向く。「そういう態度はどうせ、壁一面に敷き詰められた箪笥のように虹色だったらしいぞ」
 もうたくさんだった。四輪駆動がアスファルトを転がる様は、誰の目から観ても笑いものだったが、ただ一人の薬剤師はそれに当てはまらない。
 c級はスッ立ち上がると、戸棚に入れておいたマフィンのことを小さな脳みその中に思い出していて、それに唾液をダラダラと流していた。そんなみっともない姿に嫌悪を感じているタイコはなんとかそれを無視して、お気に入りの餅つきの一人遊びを実行し続けていた。
「三時ではないけれど」
 だん、だん、だん、と餅つきの音を心地よく耳に嗜みながら、c級戸棚の一番上のマフィンが入ったタッパーを、背伸びをしながら取り出した。タッパーの長方形の蓋は透明感のある空色で、中のレモンのような色のマフィンがよく見えていた。
「食うか?」
 c級はタイコを無視して、山田に言う。
「私は山田です」
 山田はc級のさぐるような表情を一切見ずに、窓の先の景色を見ていたが、それでもc級は一切の情緒の変化をせずにマフィンの入ったタッパーを持ちながら席に戻った。タイコはいまだに餅つきの遊びを行っていたが、それでも餅が少しできてきたらしく、またタイコ自身が調子に乗ってきたようで、餅をつくあの、だん、だん、だん、という音はその感覚が短くなっていた。
「マフィンはマフィアと似ているから、だから気持ちいいんだ」
「私は山田です」
タッパーの空色の蓋を投げ捨てて、それから中のレモンのようなマフィンを取り出す。大学芋ほど硬くはないが、カステラよりは硬いそれを片手でつかむと、それも結局窓から投げ捨てた。
「うううっん! があああぁ」
 そうしてc級はすべてのマフィンと、それが入っていたタッパーを窓から投げ捨てていた。

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