感情の限界
生きていると、ふと、様々な感情が湧き出てくる。
一人でボーっとしているときに湧き出る感情を観察していると、以前の自分では出てこないような言葉が次々と湧いてくる。
以前の自分よりも大人になったからか。
感じられる受容体が増えたからか。
そんなことを考えて、ハッとした。
本だ。
読んだ本で、登場人物が感じた感情。その時に出てきた言葉、表現、情景。
自分の感じることのなかった感情が、本を通して流れ込み、それを感受できるようになったのか。
感情は、言い換えれば言葉だ。
自分の知っている言葉でしか、感情は表せない。
大人になったから、感情が増えたのではない。
大人になって、様々な感情・思考・表現に触れて、自分の中の感情に気づいてあげられるようになっただけだ。
子供のころには、もっと多くのことを感じていたに違いない。
ただ、それを表現するための言葉を、知らなかっただけなのだ。
感情の限界は、言葉の限界だ。
言葉の限界は、自分が触れた文字・言葉・情景・人間・・・言い換えれば、自分のセカイの限界だ。
私は本を読むことで、曲の詩に触れることで、アニメのセリフを聞くことで、セカイを広げている。
人と会うことでセカイを広げる人もいるだろう。風景に触れることで、セカイを広げられる人もいるだろう。
もっと、セカイを広げたい。
自分の感情たちにもっと寄り添って、知ってあげたい。
感情の限界を。味わったことのない世界を。
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