見出し画像

【小説】夕木春央『時計泥棒と悪人たち』

【あらすじ】

父が実業家・加右衛門氏へ売ったのは、贋物の置時計だと知った井口。泥棒に転職をした蓮野とともに、その置時計を盗むことを計画するが…。「加右衛門氏の美術館」など全6編を収録する、浪漫あふれる大正ミステリー連作。

【感想】

昨年発売された『方舟』が方々で高く評価され、メディアでも紹介されたりと、かなり旬なミステリ作家の新刊。

本作はメフィスト賞を受賞したデビュー作『絞首商会』、受賞第一作となった『サーカスから来た執達吏』に連なる短編集となっている。

とは言え、上記2作品を読んでいなくとも、十分に楽しめる作りになっているのでご安心を。

かくいう僕も『絞首商会』は未読。
『サーカスから来た執達吏』は年間ベスト級に面白かったのでいつか読まねばとは思っているのだが…

『サーカスから来た執達吏』『方舟』でも感じたが、著者は”構図の反転”を効果的に用いて読者を驚かせる作風なのかもしれない。

事実、収録されている短編の中には”構図の反転”が見事にきまったものもある。

各短編も非常にバラエティに富んでいる。
密室、誘拐、クローズドサークル。

更には全編で強烈なホワイダニットが襲ってくる。
時代背景を反映した切ない動機もあれば、鬼畜の理論ともいえる狂った動機も登場する。

それなりにボリューミーな短編集ではあるが、どれか一つは読者の胸に刺さるはず。

本ミス10位以内狙えるかどうか。

ただ、8月に『十戒』とかいう長編を出すらしい。
こっちが本命か。

各短編の短評は以下に。

『加右衛門氏の美術館』
初っ端から面白いホワイダニットが炸裂。
突飛な発想ではあるけど、それを裏打ちする伏線がしっかりと張られているのが流石。

『悪人一家の密室』
密室を作る方法は置いておいて、作る理由はよく考えられている。
動機は流石に無理があるかも。
リスクとリターンが見合ってない。

『誘拐と大雪』
前後半に分かれているだけあって、かなり力が入っている。
「誘拐の章」と題された前半は、かなりスリリングな展開で読ませてくれる。
誘拐物で焦点となる”以下にして身代金を奪取するか”という部分もしっかりと練られている。
そんな前半から一転、「大雪の章」ではいきなり雪密室が登場する。
雪密室の回答自体はさほど面白い物ではないが、上記でも触れた”構図の反転”が見事に決まる、とある一撃が心地よい。

『晴美氏の海外手紙』
夕木春央ってこういうお話も書けるのね。
ホント多彩だなぁ。
この時代背景だからこそ、成立し得るこの真相は、切なさを感じさせるだけに止まらず、女の固い決意に胸を熱くすらさせる。

『光川丸の怪しい晩餐』
クローズドサークル物らしく、フーダニットに焦点が当てられた一編。
細やかなロジックを駆使して犯人を特定していく感じは『方舟』にも通じるところがある。
犯人が特定された果てに明かされる動機は何とも強烈。

『宝石泥棒と置き時計』
こちらも正統派なフーダニット。
人間模様も絡ませつつ、相変わらず端正なロジックで魅せてくれる。
置き時計に始まり、置き時計に終わる。
この短編集の締めくくりとしてはこれ以上ない一編。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?