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青春文筆日記

本を出す。

小説、エッセイ、コラム、レポート、インタビュー、ポエム……わからない。それが全部ごっちゃまぜになったような内容で。この二年間、ずっと書き続けてきた。実は中身自体は昨年末にできあがっていた。そこから編集者と打ち合わせして細かい内容を詰めていったり、本の装丁を決めていったりする。

でも、東京に家を借りて以来仕事に追われたり、コロナウィルスが来てお店がピンチになったりして、バタバタと動きながら精いっぱいバランスを保っていた。風が強くなったり、弱くなったり、向きを変えたりする中で、幻のような「平穏」がゆっくりと訪れた。そんな中、一通のメールが入った。

「おもいついた!」

アートディレクターの千原徹也さんからだった。僕の憧れの人。そして、何を隠そうこの物語の中心人物。メールの内容はとてもシンプルだった。

「青春文筆日記」

本のタイトルだ。僕は千原さんに、自分の処女作となる書籍のタイトルを名付けてもらうことをお願いしていた。いつかのインタビューで、千原さんの会社の名前をスマイルズの遠山正道さんに名付けてもらった話を聴いた。その時から、僕は「この人に本の名前をつけてもらう」と決めていた。遠山さんが名付けたことで、〝れもんらいふ〟という会社に物語が宿った。「他人ごと」が「自分ごと」に変わる瞬間を千原さんは僕に教えてくれた。

送られてきたその漢字六文字を見て、僕は胸が熱くなった。そこには千原さんにとってとても大事な人の名前が入っていたから。僕が出す本も、それと同じくらい大事な想いを込めてくれているのかもしれない。そう思うと、すぐには返信の言葉を打つことができなかった。噛みしめてからじゃないと、動けない。

渋谷、並木橋、れもんらいふの千原さんの部屋。合計で何十時間にも渡るインタビューが終わった後、僕は千原さんから「夢」の話を聴いた。千原さんなら叶えるに違いない。僕は心からそう思った。28歳で京都から上京した無名のデザイナーが、子どもの頃からずっと憧れだったサザンオールスターズの桑田佳祐さんのアルバムジャケットをデザインした。

この人は一つずつ夢を実現してきたし、これからもきっとそうだ。夢を叶えるために、徹底的に思考し、行動する。その背中が、僕に「答えは一つじゃないこと」を教えてくれた。千原さんは夢を実現してくれる。その時、その瞬間、僕もその場にいたい。隣で千原さんの人生という物語を書き記していきたい。気付けばその想いが口からこぼれていた。

「ぜひ、お願いします」

千原さんは少しだけ照れながらそう答えた。

それが形になるまでに、僕はどうなっていなければならないだろう?そこからの逆算で、日々の思考量と行動量を増やした。成長には「渇き」は大切だった。

本を出す。文章を書きはじめた頃から、お世話になっている地元の小さな出版社から。取材を体験させてもらったり、小説を連載させてもらったりしたはじまりの場所。タイトルは『青春文筆日記』、装丁のデザインは千原徹也。間違いなく僕の宝物になる。

出版する日程が決まったら、またこの場所でお知らせさせてください。




「ダイアログジャーニー」と題して、全国を巡り、さまざまなクリエイターをインタビューしています。その活動費に使用させていただきます。対話の魅力を発信するコンテンツとして還元いたします。ご支援、ありがとうございます。