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吉田塾日記#13【軍地彩弓さん】

クリエイティブサロン吉田塾

山梨県富士吉田市、富士山のお膝元でひらかれるクリエイティブサロン吉田塾。毎回、さまざまな業界の第一線で活躍するクリエイターをゲストに迎え、“ここでしか聴けない話”を語ってもらう。れもんらいふ代表、アートディレクターの千原徹也さんが主宰する空間です。第十三回のゲストは編集者であり、ファッション・クリエイティブ・ディレクターの軍地彩弓さん。

アイスクリームフィーバー評

はからずとも、号泣したんです。

軍地彩弓

何より先に、軍地さんの映画評があまりにもすばらしい内容だったので共有したい。今年公開された千原徹也監督の『アイスクリームフィーバー』について。それは、全体のほんの一部だけれど、ぼくは軍地さんの批評に大きくこころを動かされた。作品はつくり手だけでなく、受取り手によっても磨かれてゆくものなのだ。

軍地:何十年も見て来た渋谷の、一番残したい光景があの映画の中に入っていた。要は、高層ビルなどの都会の風景が映っているわけじゃなく。路地にある昔から営んでいる小さなお店。普段、千原くんが足を運んでいる場所。

そこが、アイスクリーム屋さんになっていたり、バーになっていたり、それから小杉湯(高円寺)があったり……その土地に長く住む人間として、渋谷に対するノスタルジーを感じました。

ウォン・カーウェイの『恋する惑星』のような──彼もまた自分の生きる香港の街を舞台に、暮らしの中の半径500mくらいをロケーションにして、即興性のあるドラマを描いている。

“千原パステル”

軍地:色調が既にオリジナルなんだよね。ウォン・カーウェイにもウォン・カーウェイカラーがあるように、小津安二郎は小津レッド(アグファカラー)、北野武には北野ブルーなど、監督の個性が現われる色調がある。

千原くんには、既にそれがあるんだよね。“千原パステル”というか、“千原ピンク”のような。最初の作品で、既に自分の色調をつくっていることに驚いた。

千原:先日、西野亮廣さんと対談したのですが、「今の日本映画の中では、蜷川実花さんと千原さんは色でわかる。最初か色調で表現できるのがすごい」と言ってくれて。

軍地:実花ちゃんは、小津同様に、AGFAにこだわってあの色調が生まれていて。映画の時は自分の色調に合わせてくれるフィルムカメラマンの人とチームをつくっているから、統一された独自の質感ができている。全てのシーンに彼女だけのモチーフが登場したり、それらを総合して「ザ・蜷川実花ムービー」ができているのだけど、千原くんも一作目からちゃんと自分でそれを手に入れているのはすごいよね。

千原:カメラマンの今城純くんのおかげですね。彼とは何度もさまざまなファッション撮影を共にして、今回の映画で、最も重要だったポイントは「女の子をかわいく撮る」ということだったんですね。「それはもう今城くんしかいない」という感じでオファーしたんですよ。

軍地:映画のための特別編成チームじゃなく、千原くんの周りにいる人たちでつくっている。各映画会社で監督ごとにチームができている。古くは小津組とか。蜷川実花ちゃんなら蜷川組とか。照明から音響、撮影部隊、プロ中のプロが集まってつくるもの。それが千原くんの場合は、全くそのルールではないところで、自分の周りの人と手作りでカタチにしていった。

千原:完全にインディペンデントですね。資金集めからもそうですが。「映画をつくる」となった時、映画の有名なカメラマンを何人か紹介してもらったんですよ。カンヌで賞を獲った作品に携わっているような。

ただ、ピンと来ない。すごいのだろうけれど、僕と組むことで何が生まれるのかピンと来ない。

軍地:9割9分女性しか出て来ないもんね。作品を通して男性は二人しか出ていないし、さらに二人とも俳優ではない、という。

プロット

軍地:『アイスクリームフィーバー』は、音楽と色調、エンディングの小沢健二さんを起用した特別感も含めてだけど、私はプロットだと思うんです。

川上未映子さんが書いた原作の『アイスクリーム熱』もわたし読んでいるんです。あの作品はわずか7ページの短編なのだけど、映画の中ではそれらの行間に起こるドラマが広がっていて。本当に、すばらしかった。

千原:川上さんが『アイスクリーム熱』をベースにしようって決めてくれたんです。そこからアイデアを膨らませてゆくのも二人で「こんなエピソードがあればおもしろいよね」と会話しながらつくっていきました。

軍地:時間の揺らぎの中で女性たちが重なり合ってゆく、不安定な感じとその調和。ただ、その根底には“女性の自立”がある。自分の迷いや悩みを乗り越えた、克己的な変化。それらが通奏低音として一貫している。

すごく「今」という時代を現わした作品だけれど、20年後、30年後にもフレッシュに見ることができるだろうし、あるいはこれが30年前の映画だったとしても私はすんなり受け入れられる。そういった普遍的なものが息づいていた。

千原:うれしい。ありがとうございます。「デザインがいいね」とか、わかりやすい部分を褒めてもらえることは多いですが、プロットを称賛していただいたのは初めてです。

配信が世界へプレゼンする

話は、『アイスクリームフィーバー』から、映画や配信というメディアの在り方(機能)へとスライドしてゆく。ファッション業界の第一線で、「今」を読み取り、「未来」を画策する軍地さんの視点はいつもぼくたちを驚かせてくれる。

軍地:この作品、アジアですごく受けるんじゃないかな。これを見た人が聖地巡礼のために富士吉田に来てくれたり。私もいくつか映画やドラマの衣装制作や監修を携わっていて。

実は、ファッションや音楽、たとえば私たちが手掛けているアート活動では、Netflixは海外に人に伝えるプラットフォームになっています。昔は、ミュージシャンでも海外のレーベルと契約して、それでも売れないから帰ってくることがたくさんあった。でも、今は一発Netflixで配信されると、それだけで190ヵ国に伝わる。

Netflixで公開された蜷川実花監督のドラマ『FOLLOWERS』(2019)で衣装監修として参加した軍地さん。「ファッションドラマにするから」と、ラグジュアリーブランドに衣装協力の許可取りに行ったが断られることが多かったという。その理由は、「配信だから」と。

軍地:彼らにとって、洋服を貸し出すプライオリティの最上位は雑誌なんです。次にテレビ、それから映画、当時そのずいぶん下に配信メディアがありました。 配信を下に見ていたのは事実ですね。

その時、Netflixの人と一緒に「これからはグローバル配信が最優先になるから」と説得した。そこを狙って、ロケ地もあえて東京の名所を散りばめた。チームラボ、東京タワーなど、東京に行きたくなるようなニュースを入れて、“観光のチャネル”になるように戦略を立てた。

そして、今Netflixは、そういったグローバル発信のプラットフォームに変わってきています。そのように、日本のカルチャー(モノ・場所)を何か伝えるときに、映画やドラマがハブになる。

千原:そうですよね。だから、『アイスクリームフィーバー』が世界に行ってくれると、“世界の富士吉田”に繋がってゆく。

これからのファッション

この富士吉田という土地で、新たな生地の歴史を紡ぎ、後世へと繋ぐこと。それが私のミッションだと思っています。

軍地彩弓

軍地さんは、経産省の仕事も手掛けている。その内容は「ファッションサプライチェーンの再構築」という議題で、日本のファッション産業の未来を考え、実現してゆくこと。「その答えは“産地”にある」と軍地さんは話す。

昨今、世界のラグジュアリーブランドから日本の工場へ生地の依頼が届くのだという。なぜラグジュアリーブランドが日本の生地を選ぶか。

軍地:今、ルイ・ヴィトングループLVMHなどを筆頭にしたラグジュアリーブランドは、彼らはより高い付加価値を持って、アイテムの価値をより引き上げ、高価格帯で販売するビジネスモデルです。少し前まで20万円だったシャネルのバッグが、最近では100万円に上がっている。価値を上げるためには、素材や技法を高価値にしていくことが不可欠。世界の富裕層に刺さるもの作りをしていくために、他に真似できない、卓越したものづくりが必要なのです。その高付加価値な素材を作る技術が日本にはある。この伝統を残すことが今後世界に向けて日本の強みになっていく。

日本で流通しているファッションの97%が海外からの輸入。日本の素材を、もっと日本人が守らなければいけない。

軍地彩弓

日本の繊維業がが、ちゃんと稼げる産業にならないといけない。日本の職人さんたちが営業を得意としないこともあり、モノが安く買い叩かれている現状で。軍地さんは「そこを変えていきたい」と話す。日本の課題は、職人の後継者問題に加え、グローバルに輸出していく際に求められるSDGs関連の国際認証などがある。

軍地:LVMHには「メティエダール」という匠の技を継承するクラフトマンシップを守る集合体があります。ファッションにちなんだ刺繍の技術や織物の技術、そういった技術や企業を守るための組織です。パリでスタートしたのですが、海外で唯一日本に「メティエダール・ジャパン」ができた。今年に発表されたのですが、国内よりも、こういった海外のラグジュアリーブランドが日本の技術をリサーチしていることは興味深いことです。

私は、富士吉田に若い人が入って変えてゆくことができるモノづくりの工場やミュージアムをつくりたい。この場所が、生地における世界のハブになるんじゃないかと思っています。

捨てたくないモノ、愛せるモノ、受け継ぎたいモノ

ファッション業界は、94年あたりをピークに縮小している。バブル期に13兆円あった市場規模も今は7兆円ほどに下がっている。誰もがクローゼットにはTシャツ10枚、デニムも4、5本持っている時代。新しく服を買ってもらうことの難しさがここにある。

軍地:ただ、最近「クワイエットラグジュアリー(静かなラグジュアリー)」という言葉が登場しています。アメリカでは「THE ROW」というブランドがその代表で。普通のシンプルなニットだけど、ロゴなどもなく、とても高級なカシミアが使われていて価格も50万円くらいする。

シンプルで高品質だからこそ、10年、20年、次世代まで受け継ぐことができる。ロングライフな高品質なものづくりが大切だという考え方に回帰しています。 そして、もう一つ大切な視点は「サーキュラーエコノミー」という考え方です。

「つくる→売る→買う→捨てる」から、「つくる→売る→買う→戻す」に。着なくなった服を回収して、誰かに譲る。またゴミとして焼却するのではなく、素材に還元してリサイクル繊維にする。こういった循環をつくる仕組みが、少しずつ生まれています。国内でも再生ポリエステルをつくる工場や羊毛の反毛工場などがあります。そういった回収した後の仕組みを実現していくことが、これから100年後の未来に向けて私たちが取り組むべきことです。

素材を作る第一次産業から製品を生み出す第二次産業まで、価値が持続する。循環性のあるサプライチェーンをつくっていくことが大切なのだ。

軍地:一方で、ユニクロのような存在もいる。私は2009年にユニクロ +Jが出てきた時、「これは他の中間層ブランドがかなり駆逐されてしまうな」と思ったんです。ジル・サンダー氏が彼女の哲学と服づくりのノウハウを注ぎ込んで作ったデザインは、ユニクロの脅威的な素材開発力と相まって「安くてもかっこいい」を実現してしまいました。

高くて愛着が持てる高品質な服と、ユニクロなどが作る低価格でも満足できる服。この二極化が進むと思います。また、メタバースの中にファッションワールドを持つ人もたくさんいて、そうなると服を買わない人も出てくる。まず変わるべきは消費者で、それによって生産の仕組みを変えざるを得ない環境に持っていくことだと思います。

軍地さんのことばは、いつだって聴く者に問題意識と勇気を与える。富士吉田のすばらしさ、ファッションの魅力、カルチャーの大事さ、そして一人ひとりが持つ可能性。社会について考えると同時に、自分の持つ力に気付かせてもらえて、それは自信を培うことにつながる。

このように、未来を指し示し、勇気を与える人のことをリーダーと呼ぶのだろう。すばらしい講義をありがとうございました。

そして、わたしも制作にかかわっている本塾の主宰、千原徹也さんの著書『これはデザインではない』、『クリエイティブの裏技。』のチェックよろしくお願いします。


「ダイアログジャーニー」と題して、全国を巡り、さまざまなクリエイターをインタビューしています。その活動費に使用させていただきます。対話の魅力を発信するコンテンツとして還元いたします。ご支援、ありがとうございます。