「心が変われば」の順序について

心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。
習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。

これは、松井秀喜さんが恩師である星陵高校山下監督から授かった言葉であり、自身の座右の銘としていることから、私が中学生の頃に初めて触れた記憶があります。
つい最近までは山下監督が原案の名言かと思っていたのですが、
実はアメリカのウィリアム・ジェームズという19世紀末ごろに活躍した心理学者の遺した言葉だそうです。

原案者が誰であろうと、言葉は実践者のためのものであるため、元祖にこだわる必要はないわけですが、私自身はこの順番が必ずしもこうである必要がなく、むしろ「習慣が変われば」からスタートすることもあるのではないか、と思っているフシがあります。
つまり、「習慣が変われば心が変わり、、運命が変わる」ということも大いにあり得るのではないかと。
ひどく落ち込んでいたり、或いは無気力からなかなか立て直すことができない最中の人にとっては、「心を変える」ということがものすごく障壁が高いように思えてしまい、決意すること自体に尻込みしてしまう面もあると思うわけです。
一方、習慣を変える、というのはそれが大掛かりなものでなければ割と容易です。
心を変える必要などなく、単体としての行為からスタートさせることができるからです。
「朝起きたら布団を畳むことにする」でも「珈琲を淹れてみる」でも、それまでに行っていなければれっきとした習慣の変化であるはずです。
これを押し広げていくと、「毎日ランニングをする」とか「ブログを書く」などと、より副次的な効果を期待できそうな習慣になるわけで、
その集積によって人格も行動も心も、そして運命も変わるというのは想像に難くありません。
またトレーニングオタクが筋トレを担ぐのかよ、と思われてしまうかもしれませんが、
「筋トレによって身体の変化が現れ、自分に自身がつくようになった」というストーリーはよく見聞きしますが、
個人的には単純に筋トレを通じて身体が活動的になることが生理的に高揚感を促す面もあるように思えます。
現に、筋トレがBDNFやエンドルフィン、テストステロンといった気分に作用のある物質の分泌を促すと言われていることから、鏡の前に立つまでもなく、確実に心が変わりやすい状況をもたらすわけです。
そうなれば、心はおのずと変わるようになり、思い起こせば習慣が変わったことがきっかけだった、ということもあるかもしれません。

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