才能

小学4年生、初めて同じチームになったアイツは、身体が大きいだけで、あんまり上手な選手ではなかった。初めはAチームにも入れずに、ボールの蹴り方もトンチンカンで、やたらと声を出すだけのうるさいやつだった。

けれども結局、俺たちはそのまま9年間、同じチームでサッカーをすることになった。

そうしたらアイツは、18歳でJ1デビューして、そのまま14年間を日本のトップリーグで過ごす選手になった。

それで、こないだ引退を発表した。


           

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思い返すと、アイツには昔から、周りとは決定的にちがう一つの才能があった。

それは「チームのために戦う」才能。
そんなの、ありきたりで、どこにでもあるセリフかもしれない。サッカーに携わる人ほとんど全員、口にしてる。

でも、口にすることと、体現することは全然ちがう。アイツにとっての「チームのために」は、形式的なスローガンでも、コーチからの強制でも、自己陶酔でもパフォーマンスでもなかった。チームこそが、サッカーをする意味そのものだった。すくなくても俺にはずっと、そう映っていた。

チームのために「戦ってしまう」と言ったほうがしっくりくるくらいに、その情熱はどんなときもまずチームに注がれていた。それは要請でも強制でもなく、極めて自然な形で、周りの選手を感化した。そういう選手は、実はあんまりいない。

キックの前に変なステップを踏むクセも、基礎技術も身体操作も、日進月歩で上達していった。改善しすぎてストライカーにコンバートされて、10番で王様だった俺が代わりにセンターバックでプレーする羽目になるくらい改善した。(キレそうだった)(でもそれで都大会優勝した)(キレそうだった)


中学にあがるときに、一緒にFC東京の下部組織に入った。たぶんこのあたりで、もう一つの才能が爆発した。

それは「いるだけでチームが明るくなる」という、コピー不可の才能だった。

集団競技でこの能力が持つ力強さは、本当に計り知れない。そして、それを持っている選手(人間)はほんとうに限られていると思う。

たとえば、パスはダムダムしてるし、フィードはアバウトで引っかかるし、四六時中ガーガーうるさいんだけど、だけど、なぜかアイツとやるサッカーは、他の人とやるサッカーよりも楽しかった。

「勝ちたい」「アイツと勝ちたい」に変える力があった。もっと言うと、「アイツとなら勝てるかも」と思わせる何かがあった。(これ、同意してくれる人、たくさんいると思うよ)

俺は読書が好きだから、いまでもリーダーシップやコミュニケーションに関する本を読むけれど、そのたびに「いやいや、これ、あのときのアイツのことじゃん」と思うこと沢山ある。著者さん、それ俺もう知ってます、そういうヤツ友達にいるんです、って。

それは本に書かれているような静的な「技法」じゃなくて、もっと動的で、温かくて、人間味があって、最高のやつだった。あのときから、自分と、味方と、観客の心を動かす選手だったと思うよ。

そうやって天然資源のような情熱で、あらゆる経験を吸収して、関わる人間のほとんどを味方につけて、アイツはどんどん成長して、プロになった。そのあとのことは、俺より知ってる人が沢山いるはず。

で、10回の膝の手術。
きっと、その情熱も、天然資源のようには湧き出さない日があったかもしれない。そんなことは本人にしか分からないし、アイツは絶対表に出さないけれど。

ただ、俺から見てなによりも誇らしいのは、そうやって順風満帆に見えたキャリアが、10回も膝を手術するような境遇を経てもなお、14年間もJリーグに必要とされる選手だったということ。小さい頃から「こいつはすげえ!」と横で見ていたやつが、やっぱりどこに行ってもユニーク(唯一無二)な価値を持つ選手だったこと。

言い方を変えれば、10回も膝の手術を許してもらえるほど、どんな状況でも「チームに」必要とされた選手ってことだからね。俺だったら秒で契約満了ですよ、ええ。

髪型も、人柄も、10歳くらいから、なんにも変わらない。帰国するとだいたい向こうから「集まろうぜ!」と連絡をくれるし、電車で待ち合わせる時は「何時何分田無発、1番後ろの車両で」まで教えてくれる。そういうとこ。


ということで。

カズ、改め吉本一謙選手。心からお疲れ様でした。
褒めすぎて気持ち悪いですが、直接言うことはないだろうし、もうすぐ終わるので我慢してください。

幼稚園の園庭で練習してたような日々から、ずっと繋いできたサッカーが、あと数試合でひとまず完結しますね。

昨日の発表のあと、俺のとこにまで「吉本引退かぁ」って連絡が沢山きました。直接伝えるのは気がひけるような人たちも、吉本のこれまで/これからを応援しています。

ボロボロの膝と、それでも折れなかった心、直接は届かない声援まで抱えて、最後までチームを明るく照らしてください。願わくばピッチの上で。願わくば奇抜な髪型で。

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