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マイケルジャクソンに憧れた少年がベガスで彼のダンサー達に認められる話④

ベガスはいつも、浮き足立っていた。

世界中からの観光客と、世界中を模した派手な建物の中、それはあの時の自分もそうだっただろう。でも当たり前だ。だってこれからマイケルのダンサー達が自分のダンスを見るんだから。10年以上、憧れ続けたあの人達が。浮き足立ちすぎて、長距離バスのドライバーに今回のコンテストのことを伝えていたぐらいだ。優しい、熊みたいなおじさんで、スポーツサングラスの奥にニンマリ笑う目が見えた。「頑張ってこいよぉ!」と大きく肩を叩いてくれた。普通に痛かった。

早速会場に着くと、予定の1時間前にも関わらずちらほら人がいた。各年代のマイケルにコスプレした人達も沢山いた。最初は驚くけど、何人ものマイケルとすれ違いまくると、「あー、彼は2000年代ね」といった具合に慣れてきた。なんとも奇妙だけど、それすら包み込むマイケル愛が会場に充満していた。

ここの会場はシルクドソレイユがマイケルの曲を使って行う常設ショー「ONE」の会場である。そのショー自体はまだ未見だったが、コンテストの後に行われるショーのチケットをとっておいた。マイケルの曲が流れる中、隣にあるショップコーナーに入って時間を潰すことにした。彼のアルバムやグッズは、やっぱり少年時代を思い出させる。何も変わっていない。あの時見たものも、今の自分も。

時間になってゲートが開いた時、不思議な気分だった。興奮と心地よさが同居していて、残ったのは自信だけだった。自分の名前を受付で言って、番号札をもらう。「あぁ、本当に選ばれてたんだ」と実感する。誰かに選ばれることなんてあまりないから、度々びっくりしてしまう。約10人ほどの出場者はみんな、マイケルそっくりの衣装を着て気合い十分だった。自分はというと、マイケルのアルバム「Dangerous」を背中に大きく模した黒いジャケットと、白いVans、黒い古着のパンツ、白のマイケルTシャツ(12歳から着てる)、そしてオレンジ色のビーニー。普段着だ。マイケルの格好をしてくる人が多いのは想定して、あえて普段着っぽい方が目立つだろうと思ったが、予想は的中した。完全に普通のファンだ。

ロビーで何度も「Nice to meet you」と交わしているうちに、係の人がやってきた。

「20秒ほど好きなマイケルの曲で踊ってもらいます。準備をしておいて下さい。」

やっぱり、フリースタイルだった。この時、振り付けがない、テンションを最高潮まで持っていってくれる、かつ目立つ曲を脳内で検索かけまくっていた。しかも20秒で自分の全てを見せなければいけない。少し考えて、決めた。「Blood On The Dance Floor」だ。

そしてその時、たまたま自分を先頭に列が出来上がっていたものだから、「はい、じゃあ君からね」と一発目が決まってしまった。戸惑う間もなく、もちろんサウンドチェックやリハもなく、ステージ袖に連れてかれる。そうしているうちに、MCの人はまばらに入り始めている観客達に声をかけている。そして、見えてしまった。マイケルと踊った審査員達3人が。リッチ&トン、ジェレミーキングだ。マイケルファンなら誰もが知っている、レジェンド。

気付けばステージ真ん中に立っていた。3人は見ている。もうやるしかない。指定した秒数より少し遅れて、しかもだいぶ小さな音で曲が流れる。それでも、届けなきゃいけない。マイケルが好きで、あなた達に憧れて、ここまでずっと、踊ってきましたと。曲のビートと共に、完全に爆発させて、掴みにいった。届けたい。それしか頭になかった。無我夢中で、数百回聴いたこの曲に身を委ねた。審査員の3人が音量を上げるように指示していたこと以外は、何の情報も入ってこなかった。短くも長い、20秒は終わった。

この先の流れは伝えられていなかったが、放心状態で椅子に向かった。他の出場者がステージに上がっていく。観客も増えていて、歓声もさっきより大きい。しっかり振り付けを作ってきた人もいて、みるみる自分の身体が小さくなっていくようだった。これで勝者を決められてしまうなら、どうなるかわからない。そう思っている間に、全ての出場者のダンスが終わった。

そこからMCの人が、思わぬ一言を言った。

「これから名前を呼ぶ人は、ステージに上がってきて下さい。また踊ってもらいます。」

神様、マイケルお願いです。もう一回踊らせて下さい。コロナの縁からこの為にベガスまで来てるんです。なんなら日本から来てるんです。なんでもしますから。本当におねが…

「Ryota?これ、発音合ってる?」

きた。

あとリッチ、発音間違ってる。



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