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VRChatから考える身体所有感

はじめに

皆さんはVRChatにログインしてまず何をするでしょうか。私はまず鏡を見ます。ワールドに入ったら真っ先にミラースイッチを押しに行くタイプです。そして,鏡の前で身体を動かしていると,かわいいアバタがあたかも自分の身体のように感じてきます。この”自分の身体である感覚”がタイトルにある身体所有感です。なぜアバタが自分のように感じるのでしょうか。

私は大学で身体所有感の研究をしており(https://r-kondo.webnode.jp/),同時にVRChatのユーザでもあるため,VRChatをプレイして感じたアバタの身体所有感についてまとめたいと思います。


身体所有感の錯覚

実はこのような現象は10年以上前に報告されています。こちらの動画のように,VR空間上の鏡の前でアバタを動かしていると,鏡に映ったアバタが自分の身体のように感じられます [1]。まさに私達がVRChatでやっていることと同じですね。

生得的でない身体が自分の身体のように感じることは身体所有感の錯覚と呼ばれていて,20年以上前から研究が行われています。この錯覚の最も有名な例としてラバーハンド錯覚 [2]があります。この錯覚は名前のとおりラバーハンド,つまりゴムの手になったように感じる錯覚です。こちらの動画のように,ゴムの手と観察者の手を同時にブラシで撫でることで,あたかもゴムの手が自分の手のように感じます。


身体所有感の生起条件

では,どうすれば自分の身体のように感じるのでしょうか。身体所有感の誘発には,自分の身体を動かす方法とラバーハンド錯覚のように触覚を与える方法があるのですが,今回はVRChatと同じ自分の身体を動かす方法について考えてみます。

身体所有感の生起条件は,時間的同期性空間的同期性身体の見た目,の大きく3つに分けられます。

1.時間的同期性
鏡の前でアバタを動かす研究 [1]のように,自分の身体を動かすと同じようにアバタがリアルタイムで動くことが重要です。遅延が290msを超えると所有感が低下することがわかっています [3]。VRChatだと重くてカクついている状況や,コントローラーの調子が悪い場合,腰トラが飛んだ場合のように,自分とアバタの連動性が低いときに身体所有感が低下します。

2.空間的同期性
自分の身体とアバタが同じ位置・姿勢にあるということです。先程のラバーハンド錯覚では,180度 [4]や90度 [5]回転させた場合には錯覚が生起しません。また,全身でも自分の対面にある身体には錯覚が生起しないことがわかっています[6]。VRChatでは基本的に自分の身体と同じ位置・姿勢でアバタが表示されるので問題ありません。ただ3点トラッキングの場合,特に座った場合などに足の姿勢が一致しないため,身体所有感が弱くなると考えられます。また,非Humanoidアバタのように,ヒトの関節構造からかけ離れている場合,自分の身体とアバタの姿勢の一致が難しいため,身体所有感が低下するでしょう。

3.身体の見た目
アバタのヒトらしさも重要です。木の棒では,ラバーハンド錯覚と同じように刺激しても自分の手に感じられないことがわかっています [5]。VRChatでは,オブジェクト系のアバタは自分の身体だと感じづらいことになります。基本的にはヒトらしいアバタに身体所有感が生起しますが,最近の研究では動物でも生起すると報告されています [7]。ヒトに近い関節構造(Humanoid対応アバタ)なら自分の身体のように感じられるのかもしれません。

身体所有感が生じるまでの時間

ではどのくらいの時間でアバタが自分の身体のように感じるのでしょうか。自分の身体だと感じるまでの時間を計測した研究はいくつかあるのですが,最も早いものだと5秒で生じることがわかっています [8]。また,こちらの研究ではアバタを見ているだけでも5秒で自分の身体のように感じるそうです。私達の研究 [9]でも,ヒト型アバタが自分の身体のように感じる時間は約5秒であったため,かなり早い段階で身体所有感が生起しているようです。

まとめ

ここまでアバタが自分の身体のように感じる条件について述べてきました。まとめると,以下の4点が重要だと考えられます。
1.アバタの動きが自分の身体と連動していること
2.自分の身体と同じ位置にアバタがあり,同じ姿勢をしていること
3.ヒトの見た目や関節構造に近いアバタであること
4.5秒ほど鏡の前で動くこと

3点トラッキングでは,自分の足とアバタの足が連動しないこと,自分の足とアバタの足の姿勢が一致しないことから,やはり3点よりフルトラのほうが身体所有感が強くなると言わざるを得ません。これは皆さんの体験とも一致しているのではないでしょうか。一方で,自分のアバタに不快なことをされている状況では,この身体所有感はないほうがいいでしょう。VR空間で触られる感覚も,アバタが自分の身体だと感じているからこそ,自分が触られたように感じるのではないかと考えています。オブジェクト系アバタに切り替えたり,フルトラから3点トラッキングやデスクトップモードに切り替えることで,今回紹介した身体所有感を下げられるはずです。

身体所有感に興味がある方はこちらのnoteがおすすめです。

参考文献

[1] M. Gonzalez-Franco, D. Perez-Marcos, B. Spanlang, and M. Slater, “The contribution of real-time mirror reflections of motor actions on virtual body ownership in an immersive virtual environment,” in 2010 IEEE Virtual Reality Conference (VR), 2010, pp. 111–114, doi: 10.1109/VR.2010.5444805.
[2] M. Botvinick and J. Cohen, “Rubber hands ‘feel’ touch that eyes see,” Nature, vol. 391, no. 6669, pp. 756–756, Feb. 1998, doi: 10.1038/35784.
[3] M. A. F. Ismail and S. Shimada, “‘Robot’ Hand Illusion under Delayed Visual Feedback: Relationship between the Senses of Ownership and Agency,” PLoS One, vol. 11, no. 7, p. e0159619, Jul. 2016, doi: 10.1371/JOURNAL.PONE.0159619.
[4] A. Kalckert and H. H. Ehrsson, “Moving a Rubber Hand that Feels Like Your Own: A Dissociation of Ownership and Agency,” Front. Hum. Neurosci., vol. 6, no. 40, pp. 1–14, 2012, doi: 10.3389/fnhum.2012.00040.
[5] M. Tsakiris and P. Haggard, “The Rubber Hand Illusion Revisited: Visuotactile Integration and Self-Attribution.,” J. Exp. Psychol. Hum. Percept. Perform., vol. 31, no. 1, pp. 80–91, 2005, doi: 10.1037/0096-1523.31.1.80.
[6] C. Preston, B. J. Kuper-Smith, and H. H. Ehrsson, “Owning the body in the mirror: The effect of visual perspective and mirror view on the full-body illusion,” Sci. Rep., vol. 5, no. 1, p. 18345, Nov. 2016, doi: 10.1038/srep18345.
[7] A. Krekhov, S. Cmentowski, and J. Kruger, “The illusion of animal body ownership and its potential for virtual reality games,” IEEE Conf. Comput. Intell. Games, CIG, vol. 2019-August, Aug. 2019, doi: 10.1109/CIG.2019.8848005.
[8] S. Keenaghan, L. Bowles, G. Crawfurd, S. Thurlbeck, R. W. Kentridge, and D. Cowie, “My body until proven otherwise: Exploring the time course of the full body illusion,” Conscious. Cogn., vol. 78, p. 102882, Feb. 2020, doi: 10.1016/j.concog.2020.102882.
[9]R. Kondo and M. Sugimoto, “Effects of virtual hands and feet on the onset time and duration of illusory body ownership,” Sci. Reports 2022 121, vol. 12, no. 1, pp. 1–9, Jul.

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