#4 VRと身体所有感、Embodimentとは何か?
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#4 VRと身体所有感、Embodimentとは何か?

yunoLv3

この記事は、ゴーストエンジニアリング Advent Calendar 2020の4日目の記事です。走りながら書き殴っているので、次の日に見たら記事が修正されているかもしれませんがご了承ください。年明けくらいにまた見てみてください。

前回の記事では、「自己」というものをなす重要な基盤の一つとして身体所有感を取り上げ、身体所有感を保つためにはどういった要素が必要なのかについて紹介しました。

今回の記事では、VR技術を用いた身体所有感の探究について紹介し、アバターの身体化(Embodiment)とは何なのかを見ていきましょう。

前置き

2000年代に入ると、計算機が発達し、VR技術も一定の成熟を経て、心理実験においても盛んに活用されるようになります。VR環境では、アバターを通じて生物学的な、そして時空間の制約を超えた身体を設定することができるため、VR×身体の研究が続々と登場しました。

あのVPL Researchが商業用のVRヘッドセットとデータグローブを発売したのは1980年代ですから、その頃には身体でアバターを操作するための道具は割と揃っていたんですね [1]。

[1] A. Lasko-Harvill, C. Blanchard, W. Smithers, Y. Harvill and A. Coffman, "From DataGlove to DataSuit," Digest of Papers. COMPCON Spring 88 Thirty-Third IEEE Computer Society International Conference, San Francisco, CA, USA, 1988, pp. 536-538, 
https://doi.org/10.1109/CMPCON.1988.4925

ここでは、スイスのOlaf Blanke先生や、スウェーデン・カロリンスカ研究所のH. Henrik Ehrsson先生、さらにはアバター研究で今後たくさん名前が出てくるであろうMel Slater先生などのお仕事を紹介します。

VRにおける身体所有感

2007年ごろから、体外離脱(Out-of-Body)体験[1][2]、ボディスワップ体験[3]など、現実では体験が難しい身体体験に関する研究結果が続々と報告されます。

ラバーハンド錯覚と同様の手順で、同期した視触覚刺激を与えることで、マネキンに身体所有感を生起することができる。ラバーハンドと同様、自己位置の感覚がマネキンの方にドリフトするなどの現象が見られます。

Out-of-Body Illusion

Olaf Blanke先生のチームのOut-of-Body Illusion[1]。

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H. Henrik Ehrsson先生チームのOut-of-Body Illusion[2]。どちらも2007年にパブリッシュされている。

[1] Bigna Lenggenhager, Tej Tadi, Thomas Metzinger, Olaf Blanke. 2007. Video Ergo Sum: Manipulating Bodily Self-Consciousness. Science, Vol. 317(5841), pp. 1096-1099
https://doi.org/10.1126/science.1143439
[2] Ehrsson, H. Henrik. "The experimental induction of out-of-body experiences." Science 317.5841 (2007): 1048-1048.
https://doi.org/10.1126/science.1142175

Body Swapping Illusion[3]

[3] Petkova, Valeria & Ehrsson, H.Henrik. (2008). If I Were You: Perceptual Illusion of Body Swapping. PloS one. 3. e3832. 
10.1371/journal.pone.0003832. 

そしてラバーハンド錯覚に代表される身体所有感錯覚が、VR環境におけるアバターの腕[4][5]や全身アバター[6]に対しても生じるということも詳しく調べられるようになります。

[4] M. Slater, D. P. Marcos, H. Ehrsson, M. V. Sanchez-Vives. 2008. Towards a digital body: the virtual arm illusion. Front Hum Neurosci 2:6.
https://doi.org/10.3389/neuro.09.006.2008
[5] Mar González-Franco, Tabitha C. Peck, Antoni Rodríguez-Fornells & Mel Slater. 2014. A threat to a virtual hand elicits motor cortex activation. Exp Brain Res 232, 875887 (2014). 
https://doi.org/10.1007/s00221-013-3800-1
[6] Antonella Maselli, Mel Slater. 2013. The building blocks of the full body ownership illusion. Frontiers in Human Neuroscience, Vol.7, pp.83- 
https://doi.org/10.3389/fnhum.2013.00083

VR環境における身体所有感錯覚に関するまとめ(歴史的背景、身体所有感錯覚のメカニズム、境界条件……)は以下の論文がマジで詳しいです。

Konstantina Kilteni, Antonella Maselli, Konrad P. Kording,  Mel Slater (2015). Over my fake body: body ownership illusions for studying the multisensory basis of own-body perception. Frontiers in Human Neuroscience, Vol.9.  pp.141. 
https://doi.org/10.3389/fnhum.2015.00141

詳細は上の論文に任せますが、身体所有感に関してはおおむね次のようなことがわかっています。(一つ前の記事にもある程度書きました。)

身体所有感は
(1)マルチモーダル情報(視覚と触覚、視覚と固有受容、視覚と運動……など)を統合するボトムアップなトリガー

(2)身体に関する意味的制約(形、テクスチャ、解剖学的妥当性など)を考慮するトップダウンなトリガー
の二つが寄与して発生するとされています。

(1)マルチモーダル情報

身体所有感をボトムアップに生起させる戦略には、大きく分けて二つのやり方があります。

(1−1)視触覚同期刺激(Visuo-tactile integration)
触覚刺激が対象物に与えられているのを、視覚と触覚の両方で確認する。
ラバーハンド錯覚のやり方はこれ。

ラバーハンド錯覚のように実験実施者が実験参加者の身体に手動で与えることが多い。あるいはプログラムされた振動子を用いて自動で行う場合も[1]。

300ms未満の時間的同期が必要とされていて、それ以上遅延が生じると錯覚が徐々に減衰するとされている[2]。また空間的な制約として、ラバーハンドにおいて撫でられている指とは異なる被験者の指を撫でた場合、錯覚は生じない[3]。他にも空間的(水平・垂直)に遠すぎると生じないなど。


(1−2)視覚運動同期刺激(Visuo-motor integration)
対象物(例えばラバーハンド)を身体としてユーザーが動かした時に、対象物が意図した通りに「動く」様子を「見る」ことができる。

実空間では紐などでラバーハンドと実際の手を結ぶことで物理的に連動させるやり方が採られることが多い一方で、VR環境では全身をトラッキングしてアバターの姿勢を計算することで実現される。

この同期に500ms以上の遅延が生じた場合や[3]、実際の動きとは異なる独立した動きを見た場合[4]、錯覚が弱まることが確認されている。また人差し指を動かしているのにラバーハンドの中指が動くような系では錯覚は確認されなかった[3]。

[1] Antonella Maselli, Mel Slater. 2013. The building blocks of the full body ownership illusion. Frontiers in Human Neuroscience, Vol.7, pp.83https://doi.org/10.3389/fnhum.2013.00083
[2] Shimada, S., Suzuki, T., Yoda, N., and Hayashi, T. (2014). Relationship between sensitivity to visuotactile temporal discrepancy and the rubber hand illusion. Neurosci. Res. 85, 3338. 
doi: 10.1016/j.neures.2014.04.009
[3] Riemer, M., Fuchs, X., Bublatzky, F., Kleinböhl, D., Hölzl, R., and Trojan, J. (2014). The rubber hand illusion depends on a congruent mapping between real and artificial fingers. Acta Psychol. (Amst). 152, 3441. 
doi: 10.1016/j.actpsy.2014.07.012
[4] Sanchez-Vives, M. V., Spanlang, B., Frisoli, A., Bergamasco, M., and Slater, M. (2010). Virtual hand illusion induced by visuomotor correlations. PLoS ONE 5:e10381. 
doi: 10.1371/journal.pone.0010381

(2)身体の意味的制約

感覚を統合するボトムアップな要因に対して、認識によるトップダウンの要因というものもあります。

重要な意味的要因として挙げられるのは次の通り
(A)形
(B)テクスチャ
(C)解剖学的な空間構成
(D)解剖学的な構造

(A)形
手の代わりにチェッカーボードを使う[1]、マネキンの代わりに長方形の等身大ブロックを使う[2]と、身体所有感が有意に小さくなることが報告されています。ただしこれにはまだ色々謎があって、最初にラバーハンドを用いて予め錯覚を誘発しておくと、その後瞬時に手サイズの段ボールに入れ替えても錯覚が持続することも分かっています[3]。

[1] Zopf, R., Savage, G., and Williams, M. A. (2010). Crossmodal congruency measures of lateral distance effects on the rubber hand illusion. Neuropsychologia 48, 713725. 
doi: 10.1016/j.neuropsychologia.2009.10.028
[2] Petkova, V. I., and Ehrsson, H. H. (2008). If I were you: perceptual illusion of body swapping. PLoS ONE 3:e3832. 
doi: 10.1371/journal.pone.0003832
[3] Hohwy, J., and Paton, B. (2010). Explaining away the body: experiences of supernaturally caused touch and touch on non-hand objects within the rubber hand illusion. PLoS ONE 5:e9416. 
doi: 10.1371/journal.pone.0009416

(B)テクスチャ
テクスチャのリアルさは不可欠ではないものの、身体所有感の強さに寄与する
ことが分かっています。例えばラバーハンドにラテックスの手袋をした場合、通常のゴム製の手より錯覚強度が小さい[1]、ワイヤー製の機械的な手では、リアルな手のレプリカより錯覚強度が小さい[2]など。一方で、運動同期する紫の肌を持つ全身アバターを用いた実験においては、身体所有感に差は見られなかった[3]など、特定の条件においては、テクスチャの影響を消すことができる可能性がある。

[1] Haans, A., Ijsselsteijn, W. A, and de Kort, Y. A. W. (2008). The effect of similarities in skin texture and hand shape on perceived ownership of a fake limb. Body Image 5, 389394. 
doi: 10.1016/j.bodyim.2008.04.003
[2] Bertamini, M., and O'Sullivan, N. (2014). The use of realistic and mechanical hands in the rubber hand illusion, and the relationship to hemispheric differences. Conscious. Cogn. 27, 8999. 
doi: 10.1016/j.concog.2014.04.010
[3] Peck, T. C., Seinfeld, S., Aglioti, S. M., and Slater, M. (2013). Putting yourself in the skin of a black avatar reduces implicit racial bias. Conscious. Cogn. 22, 779787. 
doi: 10.1016/j.concog.2013.04.016

(C)解剖学的な空間構成
これは例えば、ラバーハンドが180度回転して(指が被験者の方を向くような形で)置かれていた場合、錯覚が減衰してしまうというもの(視触覚同期[1]、視覚運動同期[2]下においても)。また1人称視点と3人称視点でアバター体験を比べると(直感的だと思いますが)一貫して3人称視点の方が身体所有感は弱いです[3]。

[1] Holle, H., McLatchie, N., Maurer, S., and Ward, J. (2011). Proprioceptive drift without illusions of ownership for rotated hands in the “rubber hand illusion” paradigm. Cogn. Neurosci. 2, 171178. 
doi: 10.1080/17588928.2011.603828
[2] Kalckert, A., and Ehrsson, H. H. (2012). Moving a rubber hand that feels like your own: a dissociation of ownership and agency. Front. Hum. Neurosci. 6:40. 
doi: 10.3389/fnhum.2012.00040
[3] Maselli, A., and Slater, M. (2014). Sliding perspectives: dissociating ownership from self-location during full body illusions in virtual reality. Front. Hum. Neurosci. 8:693. 
doi: 10.3389/fnhum.2014.00693

(D)解剖学的な構造
一方で、通常の人体とは大幅にスケールの異なるオブジェクト(例えば人形)に対しても、身体所有感錯覚を生じさせることができることが分かっています[1]。また通常のラバーハンド錯覚より弱いながらも、二本のゴムの右手に対して同時に身体所有感(二本の右手を所有している感覚)を生起することができることも報告されています[2]。

それから!
Ehrsson先生のラボから最近、二つの身体に同時に身体所有感を生起する研究も発表されましたね[3]。

身体の可塑性は探究の真っ最中、みんなも続いていきましょう。

[1] van der Hoort, B., Guterstam, A., and Ehrsson, H. H. (2011). Being Barbie: the size of one's own body determines the perceived size of the world. PLoS ONE 6:e20195. 
doi: 10.1371/journal.pone.0020195
[2] Ehrsson, H. H. (2009). How many arms make a pair? Perceptual illusion of having an additional limb. Perception 38, 310312. 
doi: 10.1068/p6304
[3] Arvid Guterstam,  Dennis E. O. Larsson, Joanna Szczotka  and H. Henrik Ehrsson. 2020. Duplication of the bodily self: a perceptual illusion of dual full-body ownership and dual self-locationR. Soc. open sci.7201911
http://doi.org/10.1098/rsos.201911

Embodimentとは

で、ようやくEmbodimentの話です。

Embodimentという言葉は、様々な分野で用いられていますが、
ことVRの文脈では、次のような意味で使われることが多いです [*]。

Sense of Embodiment (SoE) will be used to refer to the ensemble of sensations that arise in conjunction with being inside, having, and controlling a body especially in relation to virtual reality applications.
- 身体の中に「いる」こと、身体を持つこと、身体を制御することなどが組み合わさることによって生じる感覚の集合体

SoE toward a body B is the sense that emerges when B’s properties are processed as if they were the properties of one’s own biological body.
- ある身体Bに対するSense of Embodimentとは、身体Bの特性がまるで生物学的身体のそれであるかのように感じられた時に生じる感覚である。

この感覚のために重要なのが

1. Self-location: 自分が位置していると感じる空間的な部分。自己は身体の内部に位置しているという感覚。
2. Body Ownership: その身体は自分自身の身体であるという感覚。
3. Agency:
 その身体が自己の意図に従って動いているという感覚。

の三つだとされています。

記事が長くなりすぎたので今回はここまでにします。次回はEmbodimentの高め方、測り方、制約……などについて書きます。

参考文献

Embodimentのまとめ

[*] Konstantina Kilteni, Raphaela Groten, and Mel Slater. 2012. The Sense of Embodiment in Virtual Reality. Presence: Teleoperators and Virtual Environments 2012 21:4, 373-387
https://doi.org/10.1162/PRES_a_00124

これまでの研究で使われてきたEmbodimentの誘発手法、測定システム
(ただし2020年現在では、Oculusのヘッドセットなど、より安価で簡易なシステムが登場していることに注意)

Bernhard Spanlang, Jean-Marie Normand, David Borland, Konstantina Kilteni, Elias Giannopoulos, Ausiàs Pomés, Mar González-Franco, Daniel Perez-Marcos, Jorge Arroyo-Palacios, Xavi Navarro Muncunill, Mel Slater. 2014. How to Build an Embodiment Lab: Achieving Body Representation Illusions in Virtual Reality. Frontiers in Robotics and AI, Vol.1, pp.9
https://doi.org/10.3389/frobt.2014.00009

関連書籍

Olaf Blanke先生
Google Scholar(本人?): https://scholar.google.com/citations?user=x-VifU4AAAAJ&hl=en

Ehrsson先生
ラボ:
http://www.ehrssonlab.se/henrik.php

Mel Slater先生
Twitter: https://twitter.com/melslater
Google Scholar: https://scholar.google.com/citations?user=5gGSgcUAAAAJ&hl=en
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3人ともありえん面白い研究を連発するラボを主宰しているので、全員Google Scholarでフォローしてチェックしよう。

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yunoLv3
東京大学大学院 学際情報学府の博士課程でアバタやVRの研究をしています。趣味は作詞作曲です。/ Twitter:https://twitter.com/yunoLv3 Web: https://yunolv3.work