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やがて思い出は美化される

冬の夜は、銀世界のようで、永遠に続いてしまえばいいと願うほどだ。頬を切り裂くような冷たい風が蔓延るこの世界は留まることを知らない。思い出す母の顔、幼い頃に手を引かれて歩いた遊園地。メリーゴーランドは輝きながら回り続け、閉園時間になってから見たそれはこの世のものではないと思ってしまうほどだった。母が生きたいと願えば願うほどに、死なないでと神社で願えば願うほどに、徐々に迫り来る残酷な真実が脳裏にこびりついて離れない。綺麗な思い出はやがて元のものよりも美化される。傷ついた思い出はいつまでも色褪せず、心に突き刺さり続け、ふとしたときにトラウマと化す。冬のにおいに導かれるがままに、新しい年へと移ろいでゆく。変わったもの、変わらなかったもの、変わりたくなかったもの、それら全てを胸の内にぎゅっと抱きしめる。生きるとは幸せを噛み締めるものと誰かが言った。それでも不幸からは免れることはできず、それら全ては先の幸福の伏線回収だと信じたい。生きたくとも生きられなかった命。生かされているのに、お粗末にしようとした命。死ぬのが怖いと思っている現実。目の前に広がる冬の夜は、生きたかった誰かが見たかった世界かもしれない。手のひらが温かい。徐々に温もりを失っていく体温。声は届いていますという看護師の声。懸命にかけた声はきちんと届い他のか、母が僕の手を弱い力で握りしめる。手を離してくれなかったことがあまりにも嬉しくて、切なくて、生きているとはなんなのかを考えさせられた。母にもらった命を大切にするなんて、当たり前なのかもしれない。それでも大切にできなかった過去がある。後悔は一向に拭えず、そこにあった確かな生きたいという叫びが聞こえた。この世界に広がる夜は永遠に続く銀世界のようで。目の前で繰り広げられた茶番劇は今日もまた変わり続ける。

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