聖なる夜に

クリスマス直前の寒い夜だった。嫌な予感はいとも簡単に当たる。部屋中にスマホの通知音が鳴り響く。「俺たち別れよう」と書かれたスマホの画面を見て、とうとう終わりがやってきた。画面に映るテキストに温もりはない。冷め切った恋心を前に心が苦しくなって、目の前が真っ暗になる。ひとまず冷静になろう。そして、スマホの画面を裏返しにして、テーブルの端に置いた。

今更やり直したいなんて思えないのだけれど、どこで何を間違えたのかを探りたい。思ってもいないことが口に出た。本当はやり直したい。恋心は3年で冷める。それ以降は恋が愛に変わったどうかが長続きするために必要なこと。話し合おうと言えなかった。相手に気を使いすぎた。求められていない気遣いはただの迷惑だと身をもって思い知った。言いたいことを何一つ言えずにこの恋は終着点を迎える。話し合いの場を設けなかったわけではない。彼はきちんと話し合おうと何回も言っていた。それに応じなかったのが私だ。彼に非はない。

きちんと話し合いたい、と言ってももはや遅すぎるのだろう。彼はもう私の話を聞く耳すら持たない。いつしかありがとうよりもごめんが増えて、謝らないでよと散々言われてきた。すぐに謝る癖のある私は、自分に非がなくとも変な気を遣って、自責の念に駆られる。意味のない自責は自らの首を絞める。愚かな選択だったと今は思う。けれど、その時は相手を守るために必死だった。なんて、言っても今はもう何の意味もない。

私の気持ちは何にも伝わらないまま終わった。もう2度と戻ることのできない過去に、もしも、たらればなんて意味のない空想ばかりが脳内を駆け巡る。私が彼の立場だったら、お付き合いをすぐに辞めているだろう。何を言っても「いいよ」しか言わないイエスマンは酷くつまらない。にも関わらず、彼は3年間も私と付き合い続けた。この恋が終着点に降り立っても、やり直したいとは言えない。

心から信頼している人だった。でも、私はずっと自分の殻に篭りっぱなしだった。相手の差し伸べた手を何度も拒み続けた。優しさが痛かった。どうしてこんな私に優しくするのだろうと思えば思うほどに、彼が可哀想だと思えた。走り出した恋は止められないと思っていたが、想像よりも早く終着点へと辿り着いた。もう何もかもが終わり。終わったものは再度始められない。心の奥底から込み上がる後悔が全身を蝕み始める。それをぶつける人はいないし、どうせぶつけられないのがオチだ。後悔する前に気づけば良かった。失いたくない人がいたという事実になぜ気づけなかったのだろう。だけれど、後悔から生まれるやり直したいは同じ過ちを繰り返すサインだ。手に入れられなかったからそれに執着して、相手を傷つけるのは愚かそのものである。

やり直したいと思った。でも、今更言ったところで何も変わらないと知っているから、口にすることはできなかった。3年という期間の中で私は彼から最大限の愛を受けてきた。もう解放してあげる時期なのかもしれない。失った恋に縋る人はみっともないと友人に言われた。また別の友人には思うだけなら相手に迷惑をかけるわけじゃないとも言われた。どちらを信じればいいのだろうか。優柔不断が顔を出して、私はどこにも行けずにいる。今後交わることのない二人が新たな道を歩み始めた。ただそれだけのことなのに、どうしてこんなに胸が痛むのだろうか。

部屋の電気を全て消して、ベッドの中に潜り込む。何度頬をつねっても現実は変わらない。テーブルの端に置いたスマホの通知音が部屋中に鳴り響く。期待して画面を覗くと、公式ラインからのクリスマスのクーポンのお知らせだった。勇気を出して、「今までごめんね」と入力する。ああまた、謝っている。最後まで謝ってばかりの自分に嫌気が差す。そして、深呼吸をしてから送信ボタンを押した。3年間の恋はこんなにあっさり終わるものなのか。

すぐさま彼から「こちらこそごめんね」と返ってきた。いつも気を使わせてばかりの恋だった。綺麗な思い出よりも申し訳ない気持ちが多い恋だった。自分ばかりが被害者ヅラして、相手の気持ちを何も考えられない私は愚か者だ。自らの手で手繰り寄せた糸を自らで引きちぎり、修復作業を怠った。彼にとっての3年間はどんな思い出になるのだろう。きっと綺麗にはならないし、後悔をしているかもしれない。相手が歩み寄ってくれたとしても、こちらが歩み寄らなければ、それはただの徒労に終わる。近づいた分だけ遠のいていく。本音を伝えることで嫌われるのが怖かった。いつしか相手が疲弊していく姿を見るのも辛かった。私から別れを切り出せば良かった。でも、それもできずに、相手にばかり負担をさせた。もう2度と彼が私と巡り会いませんように。スマホを開いて、連絡先をブロックする。これで彼の平穏は保たれた。最後までごめんとしか言えなくてごめん。もうすぐクリスマスがやってくる。バッドクリスマス。今世紀最大の最低なサンタさんが私の元にやってきた。