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当たり前を失って見つけた小さな奇跡

これまであった当たり前は、ふとした瞬間に突然当たり前ではなくなる。これまでに失ってから後悔する場面に何度も遭遇しては、やり場のない感情を押し殺していた。日常を振り返ると何不自由なく生活を送れることは奇跡のようなものだと気づいた。そう思えたのは、ベーチェット病を発症して、目が不自由になったことがきっかけだ。

朝目を覚ますと視界が白く濁っていた。仕事をやりすぎると疲れが生じて視界が白く濁る場合もあるが、今回はいつものそれとは何かが違う。寝起きだからかもしれないと思ったが、何時間経っても症状が回復しない。

2年前にベーチェット廟から併発した白内障の手術をした。白く濁った世界は通常は見ることができない景色が広がっている。色鮮やかに彩られた世界が白く濁って見えるのはつらいものがあった。現代医学のおかげでその景色もクリアになったのだけれど、手術では除去できなかった濁りが最近姿を現すようになっていた。

今日は難病の定期検診だった。いつも通り視力と眼圧検査をした。その後、目のレントゲンを撮り、診察の順番がやってくるまで待合室でぼーっとしていた。いつもなら15分程度で名前を呼ばれるのだが、その時間になっても名前を呼ばれる気配がない。混雑しているのだろうか。気長に待とうと切り替えてぼーっとしていた。30分ほど経ち、担当医に名前を呼ばれた。すぐさま診察室に入り、視界が悪いと伝えると白内障の残りの濁りが時間をかけて出てきていると教えてくれた。レーザー照射で取れますよと言われたが、目にレーザーを当てるのはなんだか怖い。痛みはあるのだろうか。恐怖がどんどん膨らんでいく。それでも濁りを取れるのであれば、多少の痛みは問題ない。そう考え、レーザー照射を受けることにした。

レーザー照射を当てるときは、同意書が必要なそうだ。必要事項を記入して担当医に渡す。すぐさま「じゃあやりましょうか」と別室に案内された。まだこちらの心の準備はできていない。鼓動が速くなっているのが手に取るようにわかる。もしもを考えるとやっぱり怖い。だが、なりふり構っている余裕はない。恐る恐る案内された場所に足を運ぶ。ほとんど何も見えない暗闇の部屋だった。ここに座ってくださいと言われても、椅子の位置さえわからない。担当医の手に引かれ、ようやく椅子に座ることができた。

担当医がライトをつけると、大きな白い台が目の前に現れた。ここに顎を乗せてくださいと言われ、顎を乗せる。鼓動がさらに速くなる。少し体が震えていた。レーザーを目に当てられるのが怖くて仕方がないのだ。担当医は慣れているのかもしれないけれど、こちらは初めての体験である。もう少し気を配ってくれてもいいのではないか。そんな言葉を喉の奥で殺した。目に麻酔をしますと目薬を2つさされた。その瞬間に担当医は何も言わずに機械を触り始めた。右目を触りながら何かをしているが、何もわからない。

「終わりました」

担当医がそう言った。これから始めますねじゃないのか。もう一度聞くとやっぱり終わりましただった。白い台から顔を外すと右目がぼんやりしている。何層ものフィルターを通して世界を見ているような感覚だった。それにしてもいつの間にレーザーを照射されたのだろうか。何の合図もなかったため、いつ処置されたのかがわからなかった。何も痛みはない。10分ほどで通常の視界に戻ると担当医が言う。

診察が終わり、iPhoneを開くと文字が何も見えない。だが、この世界ともあと10分でおさらばである。病院の階段をスキップしながら降りた。会計を終えて、処方箋をもらうために薬局へと足を運ぶ。少しずつ視界がクリアになってきたような気がする。それと同時にテンションも高まっていく。15分が過ぎた頃には、何層ものフィルターが消えてなくなっていた。あまりにも視界がクリアだ。これはかつて難病になる前に見ていた世界である。この景色をもう一度見ることができるなんて奇跡だ。そう思った瞬間に涙が込み上げてきた。これほどまでに違った見え方になるのか。そして、この世界を見ることができていたあの頃は当たり前じゃないと改めて気づいた瞬間だった。現代医学の進歩に感謝だ。

処方箋をもらってから新宿の公園に足を運んだ。桜はもう葉桜になっているものもあった。花は散り際が一番美しいと言われているが、桜は最後の抵抗として葉桜となって美しさに終止符を打つ。その瞬間をクリアになった目で見ることができて本当に嬉しい。公園には花見をしている人がたくさんいた。酒を飲み交わしながら楽しい時間を過ごしている。

桜を見ながら歩いていると、控えめの音楽が聞こえてきた。音の発信源に近づくと、その音に似つかしくない大きさの黒いコンポが目の前に現れた。若者集団が持ち運んだものだった。彼らは音に合わせてラップバトルを繰り広げている。最大限のディスり合いは少し耳が痛くなったけれど、バトルが終わった後に互いを讃え合っている姿を見て、なんだか目頭が熱くなった。互いに肩を抱き寄せ、互いのいい部分を伝え合う。争いの後に抱擁を交わす。この世界に起きている争いの全てにそんな奇跡的な瞬間が訪れればいいのにと思った。

残念ながら争いは絶えないし、当たり前だったものは突然当たり前じゃなくなる。失った後に後悔しても何も意味がないからこそ、今目の前にある当たり前を大切にしたいと思った。もし争いの場に巻き込まれたとしても、今日の彼らのように最後は抱擁を交わす。視界がクリアになったその日にいいものを見させてくれて本当にありがとう。クソだと思えるこの世界に光明がさしたような気がした。


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