動きを描きこむこと

 筋をもつ作品のなかに、主筋の展開に直接は関わらない、ある運動が描き込まれることがある。それは、あらすじを書けば落ちてしまうような部分ではあるが、作品の魅力をなす不可欠な要素となっている細部でもある。なかでも魅力的なものをいくつか抜き出してみる。

 たとえば、トリュフォー《大人は判ってくれない》の、遊園地のシーン。

 学校をサボって主人公のドワネルが悪友と街に遊びに出かける場面。ゲームセンターや映画館の後で、二人は遊園地に行き、大きな円筒状の回転する遊具に乗る。高速で回転し始めた筒の内側で、遠心力で圧さえつけられ、壁に張り付きながら、自分の身体を上下ひっくり返して戯れてみせるドワネル。
 ここで、三つの視点があたえられる。二つの仕方で(円筒とともに、円筒の内側で)回転する乗客ドワネルを、画の中心に据えて撮るショットAと、円筒内部の乗客たちを見下ろすショットB(外から見ている観客、悪友ルネやカメオ出演しているトリュフォーの視点。そこではドワネルの身体は他の乗客と一緒に回っている)と、円筒内部一点からの、覗き込む観客たちを見上げるようなショットC(ドワネルたち乗客の視点。回っているのは乗客だが、内側からは観客こそが回っているように見える)の三つのショットが、このシーンを構成している。
 普通に観ていると何気ない、楽しげなシーンだが、よく考えれば、不思議な、映画的というほかはない知覚体験が込められている。僕らは一つの動きを、本来同時に身を置くことはできないはずの三つの仕方で体験することになる。動きというものの視覚的なあらわれ、視点を変えればそれが変わってくること、運動の内側に入り込むこと。寓意を読むまでもなく、観客に直かに伝わる、ある転倒の感覚がある。
 このシーンの後でドワネルは、街中で知らない男とキスする母親を目撃することになる。この映画における「転」であり、ドワネル自身の何かを大きく変える体験でもある。その決定的瞬間が、生活の秩序のために整序され、固定化された日常の知覚とは異なる、不安定な知覚を与えるシーンの直後に来るというのは、おそらく偶然ではない。

 あるいは、井伏鱒二「山椒魚」の、メダカの群れの描写。

 “…多くの目高達は、藻の茎の間を泳ぎぬけることを好んだらしく、彼等は茎の林のなかに群れをつくって、互いに流れに押し流されまいと努力した。そして彼等の一群は右によろめいたり左によろめいたりして、彼等のうちの或る一ぴきが誤って左によろめくと、他の多くのものは他のものに遅れまいとして一せいに左によろめいた。若し或る一ぴきが藻の茎に邪魔されて右によろめかなければならなかったとすれば、他の多くの小魚達はことごとく、ここを先途と右によろめくのである。それ故、彼等のうちの或る一ぴきだけが、他の多くの仲間から自由に遁走して行くことは甚だ困難であるらしかった。” (『新潮日本文学17 井伏鱒二集』)

 ここでも、孤独に閉じ込められた山椒魚に対するめだかたちの集団性は、風刺の気配を帯びてはいる。しかし、あくまでここで描かれるのは、井伏の親密で綿密な自然の観察に基づいためだかの群れの動きである。それは、語りの一人称的なべたつきからも三人称的な説明くささからもふわりと浮き上がり、ある純粋に動的な感覚を、語り手の心情や判断を挟むことなく(メダカの動きを“よろめく”という動詞で写し、その一心なさまを“ここを先度と”と一筆で描く見事な配置が行われている)、読者に与えることに成功している。
(もちろん、童話風に、井伏には珍しいほど親切に書かれた原文では、続けて山椒魚による「なんという不自由千万な奴等であろう!」という“嘲笑”=解釈と説明がなされるにせよ。)

 『グレート・ギャツビー』(野崎孝訳)の冒頭ちかくでは、動かないはずの芝生が、驚くべき運動性をもって描かれる。

 “二人の家は、入江に臨む予想以上に凝った建物で、明るい赤白二色で塗られ、ジョージ王朝ふうを模した植民地時代の館だった。浜辺からはじまる芝生は、館の正面のドアまで四分の一マイルを埋めて、途中、日時計をとび越え、煉瓦の道をまたぎ、燃える庭をおどり越えて勢いよくひろがり、最後に家にぶつかっては、勢いあまったとでもいうか、あざやかな蔦かずらに形を変えて、家の側面をはいあがっている。建物の正面にはフランス窓が並び、それがいまは、金色の夕映えに輝きながら風そよぐ暖かな黄昏の庭にひろびろと開かれていた。そして、その正面の玄関先に、乗馬服をまとったトム・ビュキャナンが両脚を開いて立っていたのだ。”

 このあと、屋敷に入ったニック・キャラウェイの視点から、“窓はいっぱいに開かれていて、戸外のあざやかな芝生を背景に白く輝いている。芝生は家の中にまではいりこんでくる感じだった。”と続く。ここを読むといつも、風景描写というのは、ただ人物の背景を与えることではまったくないのだと痛感させられる。翻訳であろうが、この動きは読むものの脳の運動野に確実に伝播する。そしてまた、トム・ビュキャナンという人物の導入として、こんなに相応しい描写があるだろうか。水平に芝生を追ってきたカメラが、勢いのまま垂直に屹立するトムを映し、その傲然たる佇まいを否が応にも浮かび上がらせる。水平性と垂直性の、運動と静止の交錯(......「季節が流れる、城寨が見える」......)。これはほとんど映画的な手法と言える。

 志賀直哉は「城の崎にて」で次のような動きを書き留め、文学研究者たちを困惑させ続けている。

 “そんな事があって、又暫くして、或夕方、町から小川に沿うて一人段々上へ歩いていった。山陰線の隧道の前で線路を越すと道幅が狭くなって路も急になる、流れも同様に急になって、人家も全く見えなくなった。もう帰ろうと思いながら、あの見える所までという風に角を一つ一つ先へ先へと歩いて行った。物が総て青白く、空気の肌ざわりも冷々として、物静かさが却って何となく自分をそわそわとさせた。大きな桑の木が路傍にある。彼方の、路へ差し出した桑の枝で、或一つの葉だけがヒラヒラヒラヒラ、同じリズムで動いている。風もなく流れの他は総て静寂の中にその葉だけがいつまでもヒラヒラヒラヒラと忙しく動くのが見えた。自分は不思議に思った。多少怖い気もした。然し好奇心もあった。自分は下へいってそれを暫く見上げていた。すると風が吹いて来た。そうしたらその動く葉は動かなくなった。原因は知れた。何かでこういう場合を自分はもっと知っていたと思った。”

 この動きはもはや理で解くことはできまい。ヒラヒラヒラヒラ、という葉っぱの動きが誰の眼にも浮かぶ、それだけが重要だ。死の淵に立って研ぎ澄まされた志賀の直観はこうした永遠なる一瞬を捉えてしまう。フィッツジェラルドの芝生の描写が、自然を見事に調理してみせる人工的な技術であるのに対して、志賀は自然を解けない謎として見つめ、出来るだけ精確に写生しようと試みている。原因は知れた、と書いているが、それは説明できる既知の要素に分解できたということではない。樹と葉の関係、家と子の関係、身体と自意識の関係、そんな風に外部から解釈して、作者の語らなかったことを探るより、葉っぱの動き、そしてそれを見つめる志賀の眼、見ることと生きることが危うく均衡しているはりつめた眼差し、その内部に入り込んでしまえばいい。
                     

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?