組織の「バグ」を解消するプロトコルチームの役割
こんにちは、Gaudiyの藤原です。2022年1月にジョインからちょうど1年が経とうとしています。当初のロールであったBizDev/DataAnalystからのジョブチェンジを経て、今はProtocol(プロトコル)というチームを担当しています。
プロトコルチームはGaudiyの組織づくりにおいてユニークな機能を担っているのですが、このようなチームを専任で置いている会社はあまりない気がしており、家族や友人にもなかなか理解してもらえないという悩みを抱えています笑。そこでこのnoteでは、プロトコルチームが立ち向かう組織の「バグ」とそのメカニズムについてご紹介し、取り組みについて理解してもらえたらと思います!
このnoteはGaudiy Advent Calendar 2022 23日目のエントリです🙌
50人の壁を目前に組織課題が噴出
具体的なケーススタディとして、「Gaudiy2022年3Qの失敗」について紹介したいと思います。この頃のGaudiyは完全フラットな組織のまま50人の壁を迎え、以下のような問題が勃発していました。
SlackやNotion上での情報流通量が増えたことで認知負荷が急上昇し、どこで何が起きているかわからない
意思決定者が明確でないため大勢を会議に呼び、毎日会議だらけになる
大勢の会議で決めるためベロシティが上がらず、結論も丸まってしまう
チームが追うべきアウトカムが明確でなく、アウトプット思考で取り組んでしまった結果成果が出づらい
上のSlack投稿でも見られたように「あっ、これ教科書で見たやつだ…!」というほどきれいにアンチパターンを踏んでしまい、組織の仕組みづくりを担うプロトコルチームとして大いに反省しました。
組織の急成長局面を経験した方は共感いただけると思うのですが、こうした壁はメンバー構成によらない仕組み上の問題であるということを私自身も痛感しました。こうしたメンバー個々の能力やマインドによらない組織構造上の問題を、このnoteでは「組織のバグ」と呼びたいと思います。
組織には「バグ」が潜んでいる
スタートアップ界隈でもこうした問題意識は頻繁に語られています。例えばエンジニアリング組織論への招待、チームトポロジーなどの書籍で解説されている通り、チームには認知負荷の上限があり、それを無視して不適切なサイズのチームを作ると品質やモチベーションが下がることが指摘されています。
上記のような認知負荷やコミュニケーションパス以外にも、モチベーションの上下、メンバー・組織間の非協力的な関係性などもパフォーマンスに大きく影響しており、組織は構造的な脆弱性を抱えているといえます。こうした組織のバグはいったい何から生まれるのでしょうか?このnoteでは「個人のバグ」と「集団のバグ」に分解して、さらに踏み込んでみたいと思います。
組織バグのメカニズム1:個人のバグ
個人のバグは、いわゆる地頭・IQの話ではなく、人間が等しく持っている認知的エラーのことを指します。
行動経済学では、人の思考には「システム1」と「システム2」という2つの系統があり、直感的で速い思考モードであるシステム1を活用することで深く思考せずとも本能的に素早く行動できるようになるとされています。このシステム1は副作用として以下のような認知的エラーを引き起こし、個人のバグを生むのです。
1.利用可能性ヒューリスティック
接触する回数や直近性が高いわかりやすい現象に引っ張られる(例:直近で大きなコストをかけた企画が失敗したので、まったく別の内容でもコストをかける企画を避けようとする)
2.代表性ヒューリスティック
似たカテゴリの傾向に引っ張られる(例:採用面談の際に、性年代、出身企業、役職などのペルソナを見て「きっとこういう人なのだろう」と思い込む)
3.フレーミング効果
内容は同じでも、言葉としてどんな枠組みで検討するかが結果に影響を与える(例:事業の失敗率が10%と言われるより、成功率90%と言われる方が成功しそうな気がする)
4.自己中心性バイアス
他人もきっと同じような意見を持っているだろうと思いこむ(例:会社全体の課題だと思っていたが、実は自分しか感じていない不満だった)
組織バグのメカニズム2:集団のバグ
上記のようなバイアスをもった個人が集団になると、2つのプレッシャーが個人の誤りを増幅し、「集団のバグ」を生み出します。それは、情報プレッシャーと評判プレッシャーです。
情報プレッシャーとは、ある意見に対して初期に好意的な評価が付くと、仮に自分が反例となる情報を持っていても「きっと何か理由があって賛成したのだろう」と考えて発言をしなくなる傾向のことです。
一方評判プレッシャーとは、間違ったことや、上位者・集団全体の意向に反することを言って自分の評価を下げたくないという傾向のことです。いわゆる心理的安全性とも近いかもしれません。どちらも多少なりとも身に覚えがあるのではないでしょうか?
これらの結果生じる非合理な意思決定は、グループシンク・集団思考とも呼ばれます。賢い組織は「みんな」で決めるなどの書籍で挙げられている集団極化という現象はその一例です。議論前の各メンバーの中間的な意見が偏っていると、最終的な結論も極端なリスキー/極端なコンサバ寄りにシフトしてしまうというものです。
この問題についてはEthereum考案者のVitalikもブログで類似の指摘をしています。例えばコロナ禍で外国居住者を受け入れるかどうかという問題は、鎖国するか完全開国をするかといった極端な選択肢が有効であり、50%開国のような中庸案はパンデミックを抑えられないのに経済も大打撃を受けるアンチパターンでした。
やや抽象的なので読み飛ばしても構いませんが、数理的には横軸が選択肢、縦軸が意思決定のアウトカムを表現したグラフで表現できます。この開国/鎖国問題の構造は右側のConvex worldview(下に凸)のグラフで表されます。
ここからの学びは、「これはバランス重視と思い切り重視、どちらの解決策が有効な問題タイプか?」(≒上に凸か下に凸か?)というメタ認識は比較的容易で、しかも役に立つということです。最終的にどの選択肢が最適かは仮説検証が必要ですが、思い切り重視にすべき問題のタイプでむやみに大勢を議論に巻き込むと簡単に意思決定を誤ることは、数理的にも論証できるのです。
組織のバグをプロトコルで解消する
Gaudiyでは、こうした組織のバグを「仕組み」で解決するためにプロトコルチームを置いています。Wikipediaによるとプロトコルとは「複数の者が対象となる事項を確実に実行するための手順について定めたもの」を意味する言葉だそうで、いい感じにニュアンスを表現できていると思っています。
多くの会社では組織づくりは人事・コーポレートが担当することが多いと思います。実際GaudiyでもCRS(Corporate Success:PR/HRを担うチーム)と協力・分担して取り組んでいるのですが、わざわざプロトコルという専門チームを立てているのにはワケがあります。その目的とは、「人」と「仕組み」という補完し合う2つの要素を切り分けて、究極まで研ぎ澄ませることです。
プロトコルチームは社内のあらゆる「仕組み」に責任を持ち、逆にCRSは「人(Employee Experience)」に責任を持ちながら、常に相互に助言や指摘をしあいながら組織を磨いています。
プロトコルチームとしては、全社/事業/組織戦略の可視化、組織制度・業務ルールの設計・運用などを通じて、「メンバーの活動をより効果的にアウトカムに変換する取り組み」を担うことが多いです。CRSと相談しながら、場合によってはバリュー・クレドの策定・浸透など、カルチャー系の施策を担うこともあります。
プロトコルチームならではの取り組みとして、Protocol Issue Boardの運用とGaudiy Protocolの制定があります。Gaudiy Protocolとは、Gaudiyが自律分散的な組織であり続けるための経典・ルールブックであり、これを全社のメンバーで自律分散的に作っています(詳しく知りたい方は、SELECKさんに取材いただいたこちらの記事をご覧ください)。プロトコルチームの位置づけについてなんとなくご理解いただけたでしょうか?
組織のバグをプロトコルで解決するために必要な2つの視点
こうした意思決定の仕組みをつくるという挑戦は、人のマネジメントというよりはむしろプロダクトのデザインに近いとすら言えます。人事領域の基礎・ベストプラクティスを押さえておくだけでは十分ではないため、こうした問題に真正面から取り組む専門チーム・職種と、そのブランドが確立した会社はなかなか無いと思います。
Gaudiyのプロトコルチームは、個人や集団に当てはまるより普遍的な法則(システム科学、行動経済学・メカニズムデザイン、ゲームのレベルデザインなど)を徹底的にリサーチして、人事・組織開発領域のセオリーをアップデートしていきます。色々なキーワードがありますが、組織バグをプロトコルで解消するために役立つ2つの切り口を紹介したいと思います。それは「レバレッジポイント」と「均衡」です。
1.課題の特定 : レバレッジポイントを見極める
システム科学者にとって、あらゆるシステムはストックとフローの集合体です。たとえば会社を1つのストックと見ると、採用というインフロー(蛇口)と、退職というアウトフロー(排水穴)のバランスで従業員数(バケツの水量)が決まるといった具合です。
例として、事業拡大のために組織を成長させたいという問題を考えます。書籍「世界はシステムで動く」では、システムを動かすための12個のレバレッジポイントが紹介されており、上位のレバレッジポイントに目を向けて思考することが推奨されています。
プロトコルチームの責任は、より上位のレバレッジポイントにバグがないか?を疑い、精度を高め続けることにあります。なぜならそこが全職能のメンバーの生産性やモチベーションに(文字通り)最大のレバレッジをかけられる反面、各現場チームでは容易には変更できないポイントだからです。
レバレッジポイントを無視した典型的なアンチパターンは、最低位のレバレッジポイントである「1. 数字」にこだわり過ぎ、2倍の成果を得るために2倍のリソースを投入するといった類のものです。短期・局所ではそういう戦い方をしなければいけないこともありますが、安定したシステムにするためにはより上位のレバレッジポイントに目を向けることが重要です。
たとえば「11. パラダイム」と「10. 目標」は、会社ではMVV、戦略、OKRに該当するでしょう。目標の高さと方向性が揃えばヘッドカウントが同じでも組織が出力するアウトカムを増やして事業拡大できるかもしれません。Gaudiyでも事業戦略とValueの理解が曖昧になってきたため、両者を更新するための1day合宿を11月に行いました。
ヘッドカウントについて見ても、大量離職が発生しているような職場環境ではいくら採用しても焼け石に水です。むしろ1人の離職が原因でチームの雰囲気が悪くなったり、業務負荷が増えて離職の連鎖が起きているのであれば、その(負の)「6. 自己強化型フィードバックループ」を解決した方が早く理想的な人員計画に近づけるかもしれません。
幸いにしてGaudiyは現状そのような状況ではありませんが、システムの原因と結果には常に「4. 時間的遅れ」が存在します。気づいた頃には手遅れということにならないよう、常にリスクに目を光らせる必要があります。
このように1つ1つは当たり前のことですが、日々働く中でつい目先の業務に没頭してしまいがちな私たちにとって、レバレッジポイントで全体視点を持つことは重要なガイドラインになると思います。
2.解決策のデザイン : 均衡を動かす
レバレッジポイントで組織の課題を見つけたら、それを解決するために行うのは施策・制度づくりです。会社にも、等級・評価・報酬のような公式の人事制度から、オンラインミーティングでは極力ビデオオンにしましょうといった非公式のマナーまで、様々な制度があります。
しかし身の回りを振り返ると一向に定着しない制度、逆に明らかに非効率なのにいつまでも変わらずに残っている制度があります。これはなぜなのか?この問いにヒントをくれるのが「均衡」という概念です。「制度とは何か?」という書籍では、制度についてルール論と均衡論という2つの考え方が紹介されています。
ルール論でわかりやすい例は「日本では車道の左側を走行しなさい」といったような形式です。従わなければ法律で罰せられたり、免許の点数を下げられることから強制力を持っているという解釈を「制度のルール論」と言います。
一方で、「エスカレーターでは左側に立つ」のような非公式マナーとしての制度は法律で決められているわけでもなく、破っても罰せられないのにほとんどの人が守っています。これを説明するのが「制度の均衡論」であり、「皆が左側に立つことで自分も相手もぶつかることなくWin-Winになれるから」という捉え方をします。エスカレーターの例でも自分だけが右側に立つと、通行人にぶつかって気まずい思いをしますよね。均衡ではそこから外れた行動をする人が損をするので、全員が安定して均衡に留まり続けようとするインセンティブを持っています。このように、均衡は集団が効率的にコラボレーションする上で極めて重要な役割を果たしています。
一方で均衡の負の側面としては、たまたま最初にそれを選択したというだけの理由で特定の制度がデファクトであり続け、自発的には誰もそこから抜け出せなくなってしまうという問題もあります。
組織の一員として覚えておくべきは、協力ゲーム問題において均衡は複数存在しうるということ、そして均衡は変えられるということです。いま採用している制度や慣習はたまたまそうなっているだけなのであり、最適解ではないかもしれないという認知が重要です。そして新しいルールを作ることは、組織を悪い均衡から救い出し、良い均衡に動かすためのショック療法となりえます。
例えば冒頭で紹介した50人の壁は、フラットである反面、意思決定者が不明確という問題が根底にありました。大きな意思決定を自律的にしようと勇気をもって踏み出しても、自分以外が完全フラットなままではフォロワーシップを持って付いてきてもらうことが難しく、結局またフラットにコンセンサスを作る状態に戻るという悪い均衡に陥っていたのです。
これを解決するため、CEO石川自ら指揮を採って10月に大規模な組織体制アップデートを行いました。アップデート後は代表PdMに開発意思決定の最終責任を、職能の代表にメンバーアサインの最終責任を持ってもらうことでスピードを上げつつ、代表自体も選挙で選ぶことで権限が淀まないようにするという均衡に移行することで、そうした問題はかなり解消されてきています。(こちらの記事でも一部紹介されているので、よければご覧ください)
おわりに
個人・集団のバイアスから生まれる組織のバグと、それを解決するためのプロトコルという概念を少しでもご理解いただけたでしょうか?
このnoteでは会社の「仕組み」としてのプロトコルと、その基礎理論にフォーカスを当てましたが、実際のプロトコル業務は地道なヒアリングや泥臭い実装オペレーションとセットで行っています。非常にチャレンジングではありますが、組織の仕組み的な側面に関心がある方、そして理論と実践を高速で往復することで組織というプロダクトをエンジニアリングしたい方にはこれ以上ないと自信をもって言える最高の環境だと思います。
と言いつつ、やりたいことが無限にある一方でリソースは圧倒的に足りていないので、Gaudiyとプロトコルチームのビジョンに共感してくれる方を大募集中です。ご関心もっていただけた方はぜひTwitterのDMなどにご連絡いただけると嬉しいです!
以上です。長々と読んでいただいてありがとうございました!
明日はいよいよクリスマスイブですね!Andoさんが記事を書いてくれるのでお楽しみに!