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彼女へ会いに宇宙まで【掌編小説(約2500字)】

お久し振りです。元気にしていますか。私は元気です。あなたたちのもとから離れて、どのくらいの月日が経つでしょう。この惑星からまた別の惑星へと旅立つ前に、できる限り勉強をしていったはずなのに、やっぱり実際に現地に行くと難しいものですね。話のまったく通じない相手もいたりして、そういうひととは、やり取りもとても大変になります。ただ、すこしずつですが、打ち解けられる相手も増えてきました。


 先日、宇宙のどこかにいる彼女より一通の手紙が届いた。

 手紙の末尾には〈――――星より〉と聞いたことのない星の名前が、見たこともない文字で綴られている。星と付けられているから、惑星の名前を表しているのだ、と分かったけれど、そんなことはどうでもよかった。見覚えのある筆跡が懐かしい。



 もしこの高校に関わってはいけない部活ランキングなるものがあるとすれば、一位は空き教室のひとつを陣取り、たったひとりで謎めいた活動していると噂の〈宇宙言語研究会〉なる存在だろう。そしてこの高校に関わってはいけない生徒ランキングがあるならば、一位は、そこの部長に間違いない。

 正直、何をやっているか、俺の周りで知っている者は誰もいない。俺自身もついこの間まで、まったく知らなかったのだが、ひょんなことから彼女と関わることになり、放課後を一緒に過ごす毎日を送るようになってしまった。

 彼女、というのが、件の〈宇宙言語研究会〉の部長で、本名は上島実里という名らしいのだが、俺がその名前で呼ぶことを彼女は絶対に許してくれない。じゃあどうしているか、というと、「あの……」とか、「すみません……」と名前を使わずに呼んでいる。

 どうも彼女は宇宙人らしいのだが、人間を偽ってこの学校に通っているそうだ。上島実里は仮の名前で、

「私の正体を知っている人間に、その名前で呼ばれたくない」

 と彼女に言われてしまったので、俺は彼女の名を呼ぶすべをなくしてしまった。

 基本的に彼女は物静かな女性で、多くの同級生は彼女の声を聞くこともないまま、卒業してしまうだろう。口を開くと、無表情で、本気なのか冗談なのか分からないことを言い出すから、最初は特に困惑してばっかりだった。最近はすこしずつ彼女の冗談と本気の違いが分かるようになってきて、彼女が冗談を言うのは照れや恥ずかしさを隠す時だった。

〈宇宙言語研究会〉が何をしているか。正直に言えば、彼女と出会ってからそれなりに経ついまもよく分かっていない。それらしい会話さえしたことがなかった。

 大体、彼女はその教室でSF小説を読んでいて、俺は彼女から薦められた小説を読んだりしていた。小説を読んでいない時は、その日、学校であったことを話していた。いわゆるただの雑談だ。そして彼女が大抵、聞き役に回り、俺のほうがたいして無い話題を無理やり絞り出すのが、ほとんどだった。

「なぁ、もうすぐクリスマスだな」

「あぁ、そうだね」

「クリスマスみたいな習慣って、そっちの星にもあるの?」

「えっ……」故郷の惑星について急に振られて、彼女は焦っていた。普段、そんなことを俺から言ったりはしないけれど、すこしだけいたずらをしてみたくなったんだ。「あぁ、ま、まぁ似たようなのはあるからな。この日にプレゼントを貰うみたいな」

 厳密に言えば、〈宇宙言語研究会〉は存在していない。だって、たぶん全生徒に聞いても、俺と彼女以外、誰も知らないだろう。

 この高校に関わってはいけない生徒ランキングがあるならば、一位は、そこの部長に間違いない。そんな不思議な活動をしているのならば、それはそれで興味もわくが、仲良くなれるかどうかはまったく未知数だ。彼女と仲良くなるのとは違って、自信はない。

 まぁ、そんな非公式の同好会があるならば、だが……。

 恥ずかしがり屋の彼女が照れとともについた冗談に付き合うのは、お互いが冗談だと知ったうえでのコントみたいで、とても楽しかった。

 だけど俺は自分の気持ちに気付いてしまったから、彼女の本心も知りたい、と思ってしまったわけだ。

「上島」

「な、名前で呼ばないで」

「上島、好きです。付き合ってください」

「えっと……本気?」上島実里は顔を真っ赤にしていた。「わ、私、そういうの、よく分からないから、ほ、保留で」

 なんとも煮え切らない答えだとは思うけれど、照れると冗談に逃げる彼女が、逃げずにしっかりと答えてくれたのは素直に嬉しかった。

「卒業まではもうすこし時間があるし、保留をOKにできるように頑張ってみるよ」

 とはいえ、何を頑張ればいいのか、よく分からず、日常はそれほど変わらないまま過ぎていった。

 うーん、どうしたものか……、と考えている内に、俺たちは卒業してしまった。

 まぁ結果から言うと、俺たちは付き合うこともないまま、そして彼女に拒絶されることのないまま、離れ離れになってしまった。お互いが意識し合っているのは、俺のうぬぼれでなければ、はっきりと感じ取ることができたけれど、もう一度、告白する勇気は出なかった。彼女のほうにも何か言いたい素振りがあったことには気付いてはいたけれど……。

 きっとお互い、臆病の虫が顔を出してしまったのだ。

 俺は地元の大学に入り、彼女は北海道の大学へ、と物理的にも距離は遠く離れてしまった。諦めの気持ちは強かった。それでも彼女の連絡先を消さなかったのは、最後の抵抗だったのかもしれない。

 だけど実際に連絡することはなく、ただ時間は俺の感情など無視して進んでいった。



 差出人に、上島実里、と書かれた手紙が俺のところに届いたのは、それから二年後のことだった。文章を読み進めていくうちに、文字はどんどん震えていく。文字が震えていたのか、俺の持つ手が震えていたのか。


あなたのいる星から私のいるこの星は遠いですが、旅行がてら、どうですか? ……なんて、わがままでしょうか。次にどちらかがどちらかの星に行く時は、事前に連絡を取り合いませんか。あなたに会いたいです。


 照れ隠しに満ちているが、彼女の本心だと信じたくなる言葉が詰まった手紙だった。

 その星は遠いが、宇宙よりはずっと近い。

 夏休みまでにしっかりとバイトで金を貯めて、彼女のところへ旅行に行こう。彼女に色々な場所を案内してもらおう。俺たちにとっては嘘偽りなく宇宙旅行だ。誰にも文句は言わせない。

 まずは手紙の返事だ。


(了)



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