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生徒会長がひきこもって社会復帰するまでの話。vol.3

私は、5年間のひきこもりを経験し、
青春時代がなくなった人です。

ひきこもりになるまでは、
以下で書きました。

ひきこもりのリアルな生活は、
以下で書きました。

今回は、社会復帰した経緯と
今の思いを書きます。

ひきこもりの終わり

高校卒業、となるはずの18歳の年に、
高校卒業程度認定試験を受けました。
合格すると、高校卒業の資格が得られ、
大学受験をする資格が得られます。

受験した理由は特になく、
高校卒業するはずの
18という年齢が一つの節目だった
というぐらいかと思います。

受験に向けて、
大手予備校の不登校者用の
クラスに入れてもらいました。

受験生や浪人生が通うビルとは別に、
専用のビルがありました。
メンターがついて、
好きな教科を好きなように
勉強できる環境でした。
希望すれば、通常の生徒と一緒に
講義を受けられました。

自分が学びたいペースで、
学びたいことを選んで学べる
という環境は、
私にとってとても合っていました。

そこそこの受講料を取られるので、
本当に親には感謝しかありません。

入塾してから
高校卒業程度認定試験の受験までは
半年もなかったですが、
合格することができました。

高校生活3年と同じ価値を
半年ないぐらいの期間でもらえて、
とてもラッキーと感じました。
ひきこもるかどうかは別として、
高校時代を高卒認定試験で早期に終わらせ、
後は、好きなように学び、好きなことをする
という生き方を、
おすすめしたいぐらいです。

子どもが大きくなったら、
そういう選択肢もあるよ
と伝えてみようかと思っています。

そうして、大学受験の資格を得たので、
次の年に受験をすることにしました。
1年遅れになるので、
浪人生と一緒のクラスで受験勉強をしました。

ほぼ一人で、誰にも何も言われず、
自由に勉強していました。

謎の作戦を立てており、
模試はメンタル作りの練習の場だ
と考えていました。
問題を解くことに注力せず、
問題を解くための姿勢をどのように作るか、
解いている間の集中力をどのように維持するか、
ということを心の中で練習していました。

なので、受かった大学の判定は、
受験ギリギリまでE判定でした。

普通の受験生がよくわからないですが、
受験の一年は、自由にできて、
楽しかったなと思います。

私は自由に自分で考えて動くことが
好きなんだと思います。
家族を持ち、普通の会社員になった今では、
自由を出す場は、ほとんどないですが。。
どうやったら自由へ出ていけるのか教えてほしい。。

ということで、大学受験を終えて、
実家最寄りの国立大学に入りました。
お金の面で、少しでも親孝行をと思いつつ。。

社会から外れたマイペース高校生活、大学受験はおすすめ

ひきこもり復帰から15年が経って

そんな感じで社会復帰してから、
15年が経ちました。

ひきこもりの後遺症はあります。
しゃべり方が独特で、
声に覇気がないとよく言われます。
対面ではなんとかごまかせていましたが、
コロナ禍で始まったテレワークでは
本当にきついです。
環境上、顔出しで会議することが少なく、
第一印象が本当に良くない。

あと、説明も苦手です。
頭の中にあるイメージの2割ぐらいしか
会話では表現できません。
喋れないからnoteを書き出しました。

成長する思春期を、
自分とだけ向き合って
過ごした結果かと思います。

また、ひきこもり生活の中で、
爆発したときの感覚が残っています。
キレやすくなっている、、というか、
キレ方があまり良くないです。
衝動が抑えられない感覚。
これは、ひきこもりがというよりも、
元々私にある特性なのかもしれません。

一方で、よかったこともあります。

よっぽどのことでは動じないです。
周りから落ち着いてるねとよく言われます。
頭が良さそうに見えます。
結果、仕事ができるやつと評価されています。
実際は、頭悪くて、訳がわからない毎日なのに。

ひきこもると頭が悪くても天才に見えるらしい

自己紹介的なnoteは以上です。
ひとつのひきこもりのリアルなパターンとして
見ていただければと思います。
また、現役の方の励みになっていれば、
嬉しいです。

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