妖眼のフルール・ド・リス 第1襲「邂逅 ――スタート・ストーリア――」
突如、目の前に謎の白い光が現れた。
おばあちゃん家の絵本で見た光の絵と似た綺麗な光。
右手で触れるととても暖かく、
両手で触れるともっと暖かい。
そんなやさしい光に――私は飛び込んだ。
視界に広がる世界。
それは、空では絵本でしか見たことない竜が青空を飛んでいた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
【――――魔術王都マナ・リアにて】
「ありがとうございます! ありがとうございます! このお礼をどうしたらいいか……!」
「これが私の仕事です。そんなに謝らないでください」
「ねぇ、おかあさん? なんで、あやまってんの~?」
被害にあった少女をのギルド管理協会に連れて来る。
無事に少女のママに引き渡せてよかったが……、さっきから心臓がぞわぞわとした。
理由は一つ――朝のギルド管理協会は思っていた以上に人がいた。
私は大勢の人たちを見ると、この世界に来る前の……嫌な記憶が蘇ってしまう。
それはもう嫌な記憶だ。キリエが人の形であることに疑問を持つくらいに。
異世界転移してムシャノ村の人たちと出会って人格が明るくなったと思った。
しかし、依頼で初めて見る人たちと関わることに極度のストレスを感じていた。
まともに顔が見れないのだ。
だから、私は人間が嫌いだ。例え、この世界が元いた世界と違うのだとしても――私は……独りでいることが何よりも楽だった。
「お礼は管理協会の方に渡しました。本当にありがとうございました!」
「おねぇちゃん、またね~!」
もしかすると、もしかしなくても、私は引きつった作り笑いをしているかもしれない。
あぁ、未だに心は空っぽだ。人の平和は守りたいけど笑顔なんて――。
「依頼お疲れ様です。こんな明るい朝に珍しいですね」
いつの間にか私の隣にはギルド管理協会の受付嬢ゼネ・コントルがいた。
ゼネ・コントル――ギルド管理協会の中でも黒三ツ星クラスでとにかく偉い役職の人。
どういうわけか私の実力を買ってでて、専属の依頼紹介人となった。
そんな彼女が満面の笑みを浮かべて少女に手を降っている。
「少女のためだ。真夜中に帰すのは悪い」
「なんだかんだ言ってキリエさんはやさしいですよね~! どうして、いぃ~っつもぶっきらぼうなんですか~!」
ゼネはそう言いながら私のほっぺをツンツンしてくる。やめてほしい。
「どうでした? 依頼は?」
ゼネは曇りのない笑顔で聞いてくる。今日の夜の任務のことを聞きたいようだ。
「魔術書……」
何を話せばいいか考え、咄嗟の判断で魔術書を出現させる。
「生首……見たいか……?」
私が男の生首を取り出した瞬間、――ブオンッと空間が消し飛んだかのような音。
気がつけば持っていた生首が消えていた。
「また人がいない時に伺いますね! ちょっとグロッキーなので」
ゼネはにっこりと笑顔で言う。彼女のことだから消えた生首は依頼完了証拠として瞬時に回収したのだろう。
「それにしても凄いですね! これまでいろんな暗殺者に依頼してきましたが、生首を持って帰ってくる人たちは初めてですよ!」
「殺した相手は¨しっかり首を切り取って依頼者には見せる¨とムシャノ村から習った」
「わぁ~、凄い! 凄すぎます! そんな村があるんですね!」
ゼネの大袈裟な身振り手振りを見て、ため息を吐く。
「生き残りは私、独り……しかいないからな……」
私を独りにさせた犯人を憎むように言う。
すると、
「そんな、キリエさんは独りじゃないです! 私がいるじゃないですかっ! カッコ可愛い女性だぁ~い好き! さぁ、友達になりましょう? ね~!」
彼女は突然――思いっきり抱きついてくる。
それはもう……勢いよく……。
「離れてくれ! 暑苦しい!」
「嫌です! ちゃんとキリエさんのことをもっともぉっ~と知りたいですから!」
「知らなくていいっ!」
もう絶対、朝に行くのはやめようと心に誓う。
「そう言えば、今日こそ行きますよ!」
突然、ゼネが話を切り替えてくると私の右手を繋がれる。
「ど……何処に?」
私がそう尋ねると、眼鏡をくいっと右人差し指で動かせて、
「以前、キリエさんに依頼したギルド〈デイ・ブレイク〉にですよ! 魔術書! 転移魔術! 対象〈デイ・ブレイク〉へ!」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「ようやく来おったか! ゼネと若娘!」
ゼネに連れられて、ギルド〈デイ・ブレイク〉まで転移してきた。
それはいいのだが、目の前にはドヤ顔で存在を主張する幼女が目の前に立っている。
「ギルドマスターはどこにいる……? 挨拶に行きたいのだが……」
きょろきょろと辺りを見渡すが、それらしき威厳がある人物はどこにもいない。
確認できたのは奥の机で泣きながら書類を片付けている灰髪でロングストレートの女性と、額に怒りを表しながらコチラに向かってくる赤髪で三つ編み一本にまとめた女性。
「どうも~!」
目の前にいる幼女が細い腕でひたすら存在をアピールしてくる。
「……ど……うも…………?」
この幼女は何者なんだ……? と思いながらも挨拶を返した直後、――赤髪の女性が耳を劈くような声で怒鳴り散らした。
「お前ェは溜まっている仕事っ! 机に大量に放置されている書類を片付けるんだよっ!」
勢いよくこちらに向かってきた赤髪の女性は、五本の指に力を込めて握りしめて、幼女の頭の頂点向けてげんこつを飛ばした。
「痛い! 痛いじゃないかアルムン! 我、挨拶したかっただけじゃもん!」
「――うるせェ! 挨拶は俺がやっとくからお前ェはハイネと仕事しろォ!」
頭を痛そうに撫でながら駄々をこねる幼女と背中を掴んで元の仕事場に連れ戻そうとする赤髪ショートの女性。
まるで、駄々をこねる姉と妹のようだ。
もしかすると、ここは姉妹で仕事しているギルドかもしれない。出しゃばったら全員に嫌われてしまうから、空気を読みながら出来るだけ影を消して仕事をしようと思う。
すると、ゼネがようやく口を開いた。
「ご紹介しますね! 奥のほうで泣きじゃくりながら仕事している方がハイネ・ディスト。彼女はなんでも灰にしてしまう灰魔術の使い手です! しかし、感情を制御できないので魔術のコントロールができません!」
「よろしくお願いします~」
ハイネと呼ばれる灰髪の女性は涙で潤った声で弱弱しく返事する。
見た目が長身ですらりとしていて綺麗な方だった。
「さっきゲンコツを飛ばした女性がアルム・エーデ。彼女は筋肉強化魔術の使い手で常に殴ってます!」
「よろしく頼むぜ!」
アルムは勇ましい声でゼネに返事する。私と比べると身長は少しだけ小さいと思うが、やるときは徹底的にやるタイプだと思われる。
「よっ、声デカ暴力女!」
「誰が声デカ暴力女だ!」
デカイ声でゼネに怒鳴り込む。至近距離だったら私の鼓膜が破れていただろう。
「そして、アルムに掴まれている出来損ないのゴミ屑引きこもりニートなギルドマスターのなりそこないがヴェール・クリスタです!」
「我だって自己紹介したいのに! そんな言い方はないじゃろうが! ゼネ!」
――驚いた。
ゼネは酷い物言いだが、さっき目の前で目立とうとしていたあの煌びやかな虹色髪の幼女がギルド〈デイ・ブレイク〉マスターというのか。
「ちなみに、ヴェールんは五本指に入る最強魔術師です! 流石、私の親友です!」
「あの幼女がゼネの親友なのかっ!?」
「――我のこと幼女って言ったっ!?」
私は開いた口が顎が外れたかのように塞がらなかった。
あまりの驚きにもしかすると、もしかしなくても、本心が口から出たかもしれない。
酷い言いっぷりの割にはあのゼネの親友だなんて……もしかしてヤバいやつなんだろうか。
目を凝らして彼女を見れば魔力や緊張感というものを全く感じられない。
下手したら昨日助けた少女のほうが魔力は大きかった。
魔力――人の体内エネルギーから発生されるもの。
人それぞれだが、火の魔術師だったら木が焼き焦げるような匂いがするし、アルムからは大地のようなやさしい土の匂いがした。
きっとハイネからは灰のような匂いがするだろう。
しかし、ヴェールはどうだ。
目の前にいたが、何も匂わなかったどころか、何も残っていない。まるで、虚無そのものじゃないか。
「ふふっ、凄いでしょ。ヴェールんは。これまでいろんな人と繋がってきたんですよ」
よく分からんがゼネが思い出に懐かしむように話す。
目が珍しく輝いていた。仕事を貰うために共にいたがこんな顔初めて見た。
「仲間だったのか?」
「そうですよ。やる気がなかったから戦力外通告されてましたけどね!」
「そんなやつがギルドマスターで大丈夫なのか?」
「ダメだからキリエさんが来たんじゃないですか~! キリエさんがギルドに入らなかったら明日で解体!」
「「「「えっ?」」」」
ゼネ以外のこの場にいる全員が同じタイミングで言う。
「解体ですよ!」
にっこり笑顔でゼネがトドメをさした。
ヴェールはアルムを振り払って、ばたばたと飛び込むように走る。
「ちょっ、待ってくれ! マジプレから予約していた魔術人形の請求をどうしろと言うんじゃ! 来月、届くんじゃぞ!」
「解体されるので払えませ~ん」
続けて、ハイネとアルムが首を突っ込んでいくように走る。
「人形よりも、給料ですよ! 給料! 今月、払ってないじゃないですか!」
「そうだぞ! 給料よこせェ! 給料も払えないのかァ! ロリニートォ!」
「ロリニートとはなんじゃ! この声デカ暴力女!」
「解体されるので給料も出ないで~す」
「なっ……、なんじゃと……!?」
沈黙する私とギルド〈デイ・ブレイク〉一同。ハイネに至っては灰になりかけていた。
ヴェールが口を開く。
「そうじゃ! さっき、この若娘がギルドに入ったら解体されないと言いおったな?」
「もう一つ、条件があります!」
ゼネはニヤリと眼鏡を光らせながら話を進めているが、私はニヤリとも笑えない。
――いつの間にか入る前提にされているからだ。
「明日、非公認ギルド〈テルス・アルレギオン〉に襲撃しに行ってください!」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
太陽が真上に昇る頃、ギルド〈デイ・ブレイク〉一行は非公認ギルド〈テレス・アルレギオン〉アジトの目の前に転移した。
〈テレス・アルレギオン〉――この世界で救えない者を異世界に転生できることを信じ込ませて救済しようとしているわけがわからないギルドらしい。
本当ならば、警備隊を派遣させてその場で処分するのが正式な対応らしいのだが、充分な証拠が揃っていなくて断れてしまったという。
――だから、ギルドが依頼として扱った。
ギルド管理条約26条『違法ギルドが解体処分に応じなかった場合、武力を持って処分する』に乗っ取り、〈デイ・ブレイク〉とキリエに頼んだという。
そして、エンデ・ディケイドと名乗る人物がいたら厳重に警戒、もし殺せるなら殺してしまって構わないとだけ言って、ギルド管理協会へ帰っていった。
「わたしたち、いつもこんな感じで……、うっ……」
おろろろ……と〈テレス・アルレギオン〉の入口で吐き続けるハイネ。
昨日の夜は私が〈デイ・ブレイク〉に入るということで宴だった。
ハイネはよるげを一口も口つけずに酒を浴びるほど飲んでいたから、だから、今こうしてゲロを吐けるだけ吐いている。
「このゲロはやられたら嫌な嫌がらせです! これで解体してくれるでしょう!」
ガッツポーズをするハイネ――確かにやられたら嫌だけれども。
「そうじゃな……。 建物からは魔術無効化のバリアが塗られているようじゃ……」
ヴェールの一声で一同が建物を目にする。
〈テレス・アルレギオン〉のアジトはこの世界に来る前の寺院を感じさせる。
どこかから漂って匂うお香の匂いは気持ちが安らぐような空気がした。
「見てくださいよ! あの像! ケイ・トラックに似ていますね! 確か、ファンタジー上の動物でしたっけ?」
ハイネが指を指したその先に景色とはまったく合わない石像が配置されている。
「大体はそうじゃな……、わざわざ作って置くなんて変な趣味をしておる」
「タイヤも造形されていますよ! 昔、読んだ『いせかいのとびら』を思い出すな~!」
「絵本なのに禁書になってしまったのが残念じゃったがな……」
私も見たことがあった気がした。
この世界に召喚される前に大事に読んでいた真っ白な本――
「不法侵入者だ! 異世界に転生するために全員捉えろ!」
ぞろぞろと敵兵が現れる。気づかない内に目の前まで迫ってきていた。
「どうやらノコノコと向こうから来てくれたじゃねェか!」
「充分! 吐き終わりましたよ! 破壊魔術使いたい放題です!」
アルムは待ちわびたかのように肩をグルグルとほぐし、ハイネはヴェールのほうを向いてガッツポーズをする。
2人は迫りくる敵の方へ向くと、
「「魔術書!」」
並ならぬ魔力を持つ魔術書を瞬く間に出現させた。
「灰魔術 【灰に帰す】!」
「魔具召喚魔術 【獅子王の爪】シリーズ! 装甲発動!」
アルムの周囲に身に纏う武器が召喚されている間、ハイネは灰魔術を発動する。
すると、不幸にも当たってしまった敵兵の鎧、武器があっという間に灰になってボロボロと崩れてしまった。
「一瞬で俺の武器、防具が……」
「なんでまっ裸にされているんだよ……」
装備を灰にされた敵兵はすっぽんぽんで何もできなさそうだった。それはもう恥ずかしそうに。
デカい葉っぱを見つけ、大事な場所を隠すと安全な場所へ逃げるように走っていく。
その間にアルムは【獅子王の爪】と呼ばれる攻防に優れた鋭利な武器を両腕、両足に武装完了していた。
「女ごときに! やってやるぞォ!」
破壊魔術から逃れた敵兵はハイネの背後を狙って向かってくる。
「やぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
敵兵の気合を込めた叫び――必死な眼差しで向けられた殺意を槍に宿して腹を目掛けて一刺しを狙う。
――直後、鉄の音が鳴り響いた。
「――遅いぜ!」
アルムは目にも止まらぬ速さで右腕の【獅子王の爪】で槍を受け流すと、抜群の身体能力で身体をひねり、その場で敵兵に回し蹴りをした。
蹴り飛ばされた敵兵がアジトに突っ込むと、衝撃でなだれ込むように半壊する。
見ればあまりにも力業だった。
「女二人ごときになに苦戦してんの……! もっと兵力を回せ!」
アジトの外からまたぞろぞろと現れ、アルムとハイネを回り込むように敵兵が勢ぞろいしてく。
「先に行きな! 入口は作ったぜ! 露払いは」
「――わたしが引き受けます!」「――俺が引き受ける!」
アルムとハイネが息と背中を合わせて言う。
「なら、我らは最奥へ行くぞ! キリエン!」
「了解!」
私とヴェールはこの場をアルムとハイネに任せて、2人が作ってくれた入口から走り始めた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
ろうそくの炎がゆらゆらと揺らめく中で私とヴェールは最奥を目指してひたすら走っている。
この扉を開けば、敵のギルドマスターがいる。
もし、エンデ・ディケイドがいたら――関係ない、切り殺すだけだ。
ふすまのような扉をスライドさせると、
「かかったな! ドアホォ! 召喚魔術――」
私の足元に魔術紋章が浮かぶ。
召喚獣が召喚される一歩手前で、
「前へ行け! キリエン!」
ヴェールは小さい足で私を蹴り飛ばした。
「――焼き滅ぼせっ! 【九炎狐フォクス・ナイン】!」
魔術紋章からフォクス・ナインが現れる。
真上にいたヴェールはそのまま流れるように丸吞みされ、アジトを突き破って天へ登っていった。
「噓……」
吹き飛ばされた私は態勢を整えても遅かった。
あんなに偉そうにしていたヴェールが、一瞬でやられてしまった。
――唖然。
ただこの一言に尽きる。
何も感じない匂いは一体、何だったのか。ただ単に調子に乗っている幼女だったのか。
「俺のフォク助がお前んとこの幼女を飲んじまったようだな」
敵ギルドマスターが憎たらしく微笑むのを見て、私は旋風刃を構える。
中段払いの構え――敵がどんな攻撃をしても切り払いで対応出来るように。
「お前はエンデ・ディケイドか?」
「ペテン・シストール! 名前だけ覚えて死ねっ!」
ゼネから聞いたエンデではないようだが、討伐対象を倒す目的なら私にある。
「魔具召喚魔術【旋風刃】」
呪文を唱えながらページを破る。
すると、腰から風が強く吹き上がる。
やがて、風は【旋風刃】という刀となって腰に据えた。
私は【旋風刃】を引き抜くと対象の元へ駆け出す。
ヴェールと共に長いこと走ったが足はまだ、疲れていない。
だったら、まだ全力を出せる! ヴェールはまだ死んだと決まったわけじゃない。
「魔術書! 呪魔術【骸囁き】!」
敵が魔術書を出現させると、私に向かって魔術が発動した。
まるで、――亡者を纏いし呪いのオーラかのよう。
駆け出している脚を止め、旋風刃にキリエの身体から流れ出る魔力を込める。
気持ちを落ち着かせ――打ち払う!
呪いのオーラを【旋風刃】で真っ二つにすると、私からそれるように飛んでいく。
切り裂かれた呪いのオーラは壁にぶつかるとみるみるうちに木材は腐るように朽ちてしまった。
「このまま絶望して死ねぇぇぇえええ! お前は異世界に転生できないぃぃぃいいいいいいい!」
「エンデ・ディケイドはどこにいる?」
「アァン? 質問、うるせぇんだけどっ! 今頃、何処かの村を焼いて異世界人でも探しているんじゃねぇのぉぉぉおおおおお?」
「切る!」
私は【旋風刃】を構え直す。 この男の先にムシャノ村を焼いた真実が待っている。――絶対に生け捕りにしてエンデ・ディケイドの場所を吐かせる!
睨み合いを続けていると、――上空から巨体が降り注ぎ、アジトが半壊した。
舞い上がる土埃が煙たく……、前が見えない。
「フォク助ッ!」
悲鳴がアジトに響き渡った。――空から落ちてきた巨体そのものこそがヴェールを丸飲みしたフォクス・ナインだったからである。
フォクス・ナインは右足を上げて泡を吹いて気絶していた。
微かに心臓が鼓動しているように見えるから完全に死んだとは言えない。
だが、見る感じ戦闘不能なようだ。
――ヴェールはフォクス・ナインに飲み込まれたまんまなのか……?
不安に思うと、廊下からコツンコツンと足音が響き渡る。
ゆっくりと、ゆっくりと、時を刻むような足音。
この音――キリエと共に走っていた幼女の足音。
足音が聞こえたほうへ振り向くと、空から降り注ぐ虹色の後光が暗い部屋に差し込む。
土埃が消えた先には、
「口の中、くっさ! う〇こにならなくてよかったわ……」
後光でキラキラと輝く虹色髪の幼女――ヴェールがドヤ顔で腕を組んで立っていた。
しかし、服がフォクス・ナインのよだれでべとべとである。折角、かっこよかったのに……と思うとなんかもったいない。
「何故、ガキがそこにいる! 俺のフォク助が飲み込んだだろッ!」
「――お前のきつねっころ、芸なさすぎ! 人を踊り食いする芸よりも、歯磨き覚えさせたらどうじゃ……?」
憮然とした顔をする敵はとても悔しそうに言うと、ヴェールは皮肉交じりに言い返す。
見れば見るほど、敵は悔しそうに歯を食い占めたかのような顔をしていた。
「キリエン! 驚くんじゃないぞ!」
そう言ったヴェールはポニーテールを止めていたシュシュをおもむろに取り外す。
すると、彼女の周りが虹の光に包まれるように輝いて――――気がつけばすらりとしたグラマラスな成人体型に変わっていた。
幼女の時よりも髪が伸びて、宝石よりも綺麗な瞳が澄んでいて、身長もキリエを余裕で追い抜いている。
儚げな顔をしたこの世の誰よりも輝いている女性――とても……とてつもなく美しかった。
「しっ……死ねよッ! 呪魔術【骸囁き】!」
ペテンが呪魔術を私とヴェールに飛ばしてくる。
フォクス・ナインの恨みで何倍もの魔力がオーラに宿っていた。
食らうとまずい……今から旋風刃にありったけの魔力を込めれば切り返せれるか……?
「呪いは解かれた――魔術書」
ヴェールは魔術書を出現させる。
身体からぼんやりとしたやさしい光のオーラが溢れ出ていた。
「|極光《きょくこう》虚無魔術――【無「光」】!」
彼女は魔術を発動すると、目の前で呪魔術が消滅した。
まるで、――虹の光に飲み込まれるように。
「どういうことだよッ! 当たっていただろう! どうして消えてんだよっ!」
呪魔術は相手を呪いたい気持ちが強ければ強い程、魔力が強くなる魔術である。特にフォクス・ナインがやられた恨みがあるのだから強力だったはずだ。
たった、一回の極光虚無魔術を発動して消したというのか……?
「お前の魔術、つまらんから¨無効¨にした」
「極光虚無魔術なんて聞いたことがないぞッ……!」
「我にしか使えんようじゃからな」
「絶対に殺すッ……! 二度と転生できないようにッ……!」
ペテンが焦って魔術書をめくった刹那、
「――極光虚無魔術【光「無」書き換え】」
刹那、辺りが光の幕に閉じ込まれる。
人の一息よりも圧倒的に速く覆い、何が起きたか目で追いつけなかった。
光の幕が開けると、憐れむような目でヴェールは討伐対象を見ていた。
消滅するフォクス・ナインを見て、対象は焦燥に駆り立てられるように魔術書を出現させる。
「消えているッ! 俺の魔術が徐々に徐々に消えていってるッ!」
目をうろたえながらページをめくるも、発動できる魔術が消えている様子――もしかして、ヴェールは魔力を無効にしたというのか。
「魔術書とは己の魔力があってようやく見えるもの。お前の魔力を全て¨無¨にした――負けだ」
「俺のフォク助も! 必死に練習した魔術も! なんで魔術書から消えていってんだよォォォオオオオオ!」
討伐対象は鼻水を垂らしながら泣き叫ぶ。
「神よ! 我を救いください! 異世界に転生させてください!」
そう言うと泡を吹きながら白目を向いて倒れてしまった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
月が沈む頃、私はギルド〈デイ・ブレイク〉の大浴場の湯船に今日のことを思い出しながら浸かっていた。
「仲間……か……」
「――キリエン! 我も風呂に入るぞ!」
「ヴェール!」
ヴェールが突然、入ってくる。
簡単に頭から身体、脚へとお湯で洗い流して、湯船に入ってきた。
「あぁ~! 生き返るぅ~!」
安心したような息を漏らすヴェールを私は見ている。
相変わらず髪を一本に結んだままだった。
それにしても髪をほどいたヴェールは言葉に出来ないほど宝石のように輝いて綺麗で長身の女性だった。
――比べて、今はどうだ。推定、12歳の幼女体型じゃないか。
「なっ、なんじゃ!? いきなり我の体をじっと見て……!? エッチ! キリエンも百合眼鏡と一緒だったか……!?」
「何故、髪留めを外したら成人体型になるか気になる」
沈黙する風呂場。
そんな静寂の中、水滴がピチャンと鳴り響いた。
「なんじゃ、百合眼鏡と思考が一緒じゃなくて安心したわい!」
ヴェールが胸をなでおろしたかのように笑う。
ゼネはヴェールにどんな酷いことをしてきたのか逆に気になってくるが、きっとろくなことじゃないだろう。
「聞きたいか?」
「是非とも」
ヴェールは湯船を飛び出すと、
「やっぱ、教えてあーげなーい!」
髪を洗うためにシャンプー台へ行ってしまった。
そうだった。ヴェールという人はどこか適当で不真面目な人だ。
期待するだけ損だ……。
「キリエン?」
ヴェールがその場で脚を止める。
「キリエンは¨異世界転移¨或いは¨異世界転生¨を信用するか?」
私はこの世界とは別の世界から召喚されて今日まで生きてきた。
ならば、答えは一つ。
「信用する――私はこことは違う異世界からやってきたから!」
彼女は私の方へ満面の笑顔で振り向く。
「なら、我の姿は¨異世界転移¨の呪いじゃよ!」
/第1襲「邂逅 ――スタート・ストーリア――」・了