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「The Lighthouse」 / 掌編小説


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ある静かな海に、灯台の図書館があった。


灯台と図書館、その二つが一つになった建物の事を、世界中から訪れる旅人達は「知識の灯台」や「潮騒の図書館」と呼んだ。


そして、そこには司書と灯台守の二人が静かに暮らしていた。



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海のように碧い瞳をした灯台守と、深い森の湖のように落ち着いた緑の瞳の司書。
いつしか彼らは、建物を訪れた旅人が名付けた愛称で呼ばれるようになっていた。


灯台守のアスールと、司書のベルデ。
それはその旅人の国の言葉で、それぞれの瞳の色を意味するものだった。



碧いアスールは明日、砂漠の国へと旅に出る。
砂漠の国にある砂の城の街の図書館が閉館する事になり、潮騒の図書館が引き受ける事になった蔵書の選別へと赴くのである。
本来なら司書であるベルデの担当だが、彼にはここを離れるわけにはいかない理由が幾つかあった。


ベルデの書籍に関する深い知識を頼りに世界中から来客がひっきりなしにあり、また旅人が彼の情報を求めにも訪れる。
遠く離れた土地の情報を届けにやってくる渡り鳥、ベルデはそんな彼らとやり取りをする事が出来た。


一方アスールは気さくで快活な性分で、灯台の側を通過する船に明りを届け、また灯台の明りとは別に、近海の様々な情報を別の光信号として発信していた。
ユーモアのあるそのラジオのような情報は不定期だったが、船乗り達の心を明るく和ませていた。
そして今回のように灯台を空ける用事の際は、通信をクリスタルに転写してオートマチック化したものをベルデに託し、彼の代わりに各地に赴いていたのだった。


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夕暮れの閉館後、二人は塔の中程にある住居空間のダイニングルームでテーブルを挟んで向き合っていた。
近くの町から通いで夕食の世話をしてくれる老婦人が灯していった、数々のキャンドルの明りが静かに揺らめいている。
この日は満月で、早目に昇った月がその輝きを増し始めようとしていた。


テーブルの上には婦人が用意してくれた食事が温かな湯気を立てていたが、今宵の食事は少しきっちりとしていた。
「良い旅になりますように。君に任せられる事が、私は嬉しい」
「ありがとう、ベルデ」
昼の間に果樹の群れる国から訪れた旅人が届けてくれた、蜂蜜色をしたリキュールを注いだグラスを重ね、二人は穏やかな笑みを交わした。


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「やはり、彼の国では砂嵐が頻発していると今朝鳥たちが言っていた」
そうベルデが鳥から仕入れた情報をアスールに伝えた。
「そうか…今回はいつもより少し長旅になりそうだから、着く頃には落ち着いていると良いのだが」
「おおかた大丈夫だろう。彼の図書館には、どんな蔵書が眠っていることやら…」
「ベルデ、君の上げたリストにある書籍がなかったら?」
「うん…アスールに任せよう。君の勘はなかなかだからな」
「そうか、ではお任せあれ」
アスールは夏の日の太陽のような明るい笑顔を見せ、その笑みによりベルデの杞憂 きゆうも鎮まるのだった。


細めに開いた窓からは潮騒の柔らかな音が届き、微かな風がキャンドルの炎を小さく揺らしていた。
そろそろ星々の明りも、紺碧 こんぺき天蓋てんがい を彩り始める刻限だった。


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「これを、君に」
ベルデはアスールの方へ小さな木箱を滑らせた。
「おや、何かな?」
アスールが木箱を手に取って開くと、中から薄紫の淡い光を放つ多角形の石が姿を覗かせた。
「美しいな...。これは?」
「先日、夕月の街の鳥に頼んで届けて貰った。方角を失った時、南にかざすと煌めくらしい」
「それは心強い。まるで小さな星のようだ…」
「私はここを離れるわけにはいかないからね…。せめて気持ちだけ、君のナイトを気取らせてくれ」
「それは有難いお言葉。…しかしその言葉、あの花売りの娘にかけてやれば心底喜ぶだろうに」
アスールは手にした石をキャンドルの明りにかざしながら、無邪気な笑みを浮かべて呟いた。


「知っているくせに。…私は若い娘より、カモメと話をしている方が心安い。ましてや、その瞳が海の色をしていれば尚更さ」
そうベルデは不敵な笑みを浮かべ、続けた。

「それはそうと、先日君が頼んだシャツを仕立て屋の娘が届けに来た。その際に、アスールの好きな色は何かと私に尋ねたよ」
おや、と少し意外な顔をしたアスールは、
「で、何色と答えてくれたんだい?」
とグラスを傾けながら返した。
「ビリジアン」
「うん、好きだよ。でも、何故?」
「私の瞳の色だから」
「ハハッ、君には参ったよ」
「うっかりターコイズだと答えて、彼女がその小さな海で溺れても不憫 ふびんだからね」
二人は悪戯 いたずらを企む少年のように、くすくすと笑い合った。
「彼女は何と言っていた?」
「どうしてアスールの好きな色が気になるのか、逆にこちらから聞いてみたのさ」
「また、君も意地が悪いな」
「そしたら、急に恥ずかしそうな顔をして小走りに館から出て行ったよ」
「やれやれ…」


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ダイニングルームの隅にある舶来 はくらいの古い蓄音機からは、心地の良い低音の弦楽器のソロが、良く磨かれた床の上を滑るようにして潮騒の音と溶け合っていた。


「君のその閉館後の様子を、町中の皆に見せてやりたいよ」
アスールは先程の石に同意を求めるように笑いかけ、そうベルデに言った。
「勘弁して貰いたい。私は昼間は物静かにしているからね、この私を知っているのは君と鳥だけだ。
…これで、切り替えているのさ」
そう、ベルデはテーブルの上の燻し銀の伊達眼鏡を指で弾き、
「それとも、彼女に閉館後の君の姿を教えてやった方が良かった?」
と薄荷の香りの細長い葉巻に火を灯して、アスールに尋ねた。
「こちらこそ、勘弁してもらいたい。と言っても、残念ながら私は君ほど昼間と変わらないんだがね」
「変わるさ。海の碧が、深みを増す」
「私も若い娘より、湖の色をした瞳の物知りカラスと話している方が心安いのさ」
そう、アスールは目を細めて二つのグラスにリキュールを注ぎ足した。

「私も一本貰うよ」
アスールはキャンドルの炎で葉巻に火を灯し、ベルデは婦人が二人の宴の為に用意してくれた野の花が、リネンのテーブルクロスの上に作る影を穏やかな表情で見つめていた。


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「ところで、何か求めてきて欲しい物はある?」
アスールは窓の外の月を眺めながら、思い出したようにベルデに尋ねた。
「そうだな……。では彼の国の、砂漠の砂を少し」
「よし、土地の硝子瓶を手に入れてその中に入れて来よう。…他には?あ、キャンディスは?」
「ああ、そうだな…今のラムキャンディスも残り僅かだ。さすがアスール、気が利くね。あれらを紅茶に落としたものを飲みながら、調べ物をするのが私は好きだよ」
「うん、なにか彼の国らしいキャンディスを探して来よう。…他は?」
「君が無事帰り着く事が、なによりの土産さ。
...ところで、アスール。私は何時もながら、君が不在の間の灯台守が心許ない…」
そう、ベルデは少し肩を落とした。
「案ずるなかれ。しっかりクリスタルに情報を転写しているさ」
「私はどうもメカニックが苦手でね、しくじらないかといつも内心ひやひやしているのさ」
「今回は特別に、秘蔵のクリスタルにもお願いをしておいたから大丈夫さ」
そう、アスールは少し得意げに笑った。
「そうか、君がそう言うのなら安心だ」
「戻って来る頃には、すっかり秋も深まっているだろう」


「夜毎、良き旅を祈ろう」
「ありがとう、ベルデ」
そして二人は、再びグラスを重ねた。
そこから響く音が小さく室内に広がり、小箱の中の小さな星がキラリと僅かに光を放った。



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満月が、煌々 こうこう天心 てんしんに輝いている。

その頃二人は、それぞれの部屋で机に向かっていた。


アスールは羽ペンを走らせて、ベルデの為に灯台のメカニックルームの操作に関する分かり易い説明書を、ベルデは近くの森から呼んだフクロウの賢者と相談しながら、アスールの為に砂の城の街の地図を、それぞれが新しく記し直していた。


月が、フランキンセンスの香りを灯台に注いでいた。


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★light house photos...by Google+
Thanks beautiful photos and super photographers!!

2014年最後のスーパームーンの日に、coffee house××にて執筆。





  ꙳★*゚    ☆。.:*・゜



過去作品を再掲する企画の一作品ですが、自作の中では一寸異質な作品でもあります。

また、挿絵代わりの画像をかつてGoogle+よりシェアさせて頂いておりましたが、此度そのまま画像を掲載させて頂きました。

改めて世界中の素晴らしい写真家の皆様に感謝します😊


尚、本来この作品は二話完結でしたが、後編が行方不明となり、もうこの単発として公開したいと思ひます(〃ω〃)