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【#Mood】エピソードに潜む悪魔(後編)

前編では人に何かを伝えるときに具体的な事例やエピソードというのは影響力を発揮しすぎてしまうことがあるという話をした。

後編ではその強力な影響力を持つエピソードに踊らされないために最低限知っておくべき3つの概念を紹介しよう。

もちろんこれらを知っていてもエピソードに潜む悪魔に踊らされてしまう。

しかし、意識しておけば多少回避できるかもしれない。

さて、その3つの概念とは「大数の法則」「平均への回帰」「ベイズの法則」だ。

賢明な読者の皆さんならたやすく理解できるだろうが、分かりやすく”事例”を用いて説明しよう。

・大数の法則

さて、まず「大数の法則」は非常にシンプルで、「データは多ければ多いほうが良い」というものだ。

「大数の法則」は直感的に理解しやすいものであるにも関わらず、忘れ去られがちなのだ。

例えば日本においてパチンコは必ず負けるような設定が施されている。一般的には平均90%の確率で負けるとされている。つまり10人に1人しか勝てないのだ。にも拘わらず、友人の2千円が10万円に化けたエピソードを聞いてパチンコ台と向かい合う人が多い。

実験結果も存在するが記事を簡潔なものにするために今回は割愛する。

・平均への回帰

続いて「平均への回帰」だ。この概念は事例を見た方が理解しやすいだろう。

1万人の学生がランダムに答えるしかない100問のテストを受けることになった。回答は2択だったため平均は50点付近になると予想できる。

ただし、非常に稀ではあるが運の良い学生は95問正解し、逆に5問しか正解出来ない学生もいるかもしれない。

では2回目にそのテストを受けた時に1回目で95点を出した学生が同じような幸運にあやかる可能性はかなり低い。その逆も然りだ。

よって最初のテストで非常に高い点数を出した学生は点数が下がる可能性が高く、逆の生徒は上がる可能性が高い。

この結果に学生の知識やモチベーションは一切関係なく、純粋に「平均への回帰」と呼ばれる統計現象であり、1回目のテストでの極端な点数は2回目では平均へ近づく傾向にあるというだけだ。

この現象を無視すれば「回帰への誤謬」と呼ばれる一種の不正確な原因帰属を行いかねない。

例えばスポーツには選手の能力以外にもランダムな要素(風向き、日程の優位性、個々にばらつく審判の質など)が複数ある。

トップレベルの選手同士の戦いになるとその小さなランダム要素が勝敗を分けることもあるのだ。

「回帰への誤謬」が発現すると、トップ選手が試合に負けた時、実際には「平均への回帰」が起きているだけにすぎない可能性があるにも関わらず、選手の傲慢や怠惰が原因だと思い込んでしまうかもしれない。

もっと事例を紹介したいところだが、読みやすさを重視したいので次へ行こう。

・ベイズの定理

最後は「ベイズの定理」だ。

「ライオンは動物である」。これは紛れもなく真である。

では「動物はすべてライオンである」。これはどうだろうか。
もちろん偽とすぐに分かるだろう。

これが理解できた賢明な読者の皆さんはもう「条件付き確率」を理解できている。

条件付き確率とは例えばB(ライオン)という条件下においてA(動物)が真になる確率を意味する。

先ほどの例を通じて、B(ライオン)という条件下でA(動物)が真である確率と、A(動物)という条件下でB(ライオン)が真である確率は等しくないことが実証された。

世の中にはこの2つの確率が等しいという誤解が頻繁に発生している。

例えば乳がんとマンモグラフィ検診だ。

アメリカ癌協会は、乳癌の早期発見のために、女性は40歳から毎年マンモグラフィー検診を受けることを勧めている。

ところが、2009年に米国政府の予防医学作業部会が、「40代女性には、定期的なマンモグラフィ検査を受けることを推奨しない」という勧告を発表して話題になった。

なぜこのような議論が行われたのかは「ベイズの定理」理解すれば納得できるだろう。

まず公式は以下である。

P(A/B) = P(B/A) × P(A) / P(B/A) × P(A) + P(B/not-A) × P(not-A)

P(A)とP(B)はAとBの基準率を意味し、その先になぞらえるなら、Aは「女性が乳癌に罹患している確率」、Bは「マンモグラフィ検査をした女性が陽性になる確率」を表す。

それからP(A)とP(B)はAとBの基準率、not-AはAの事象が「ない」ことを表す。

よって、P(B/not-A)は、女性が乳癌に罹患していなくてもマンモグラフィ検査で陽性となる確率を表す。

マンモグラフィ検査で陽性になった事例を「ベイズの定理」に当てはめるとP(B/A)はとても高い。仮にその確率を80%としよう。

一方、P(B/not-A)はとても低い。仮にその確率を9.6%とする。

これらを踏まえるとマンモグラフィ検査で陽性と判定された女性が乳癌に罹患している確率、すなわちP(A/B)は0.078でたったの7.8%となる。

これほど低い数字になるのは女性の乳癌の基準値、すなわち一般に女性が乳癌に罹患している確率が1%だからだ。

先の公式に数字を代入すると下記のようになる。

0.8 × 0.01 / 0.8 × 0.01 + 0.096 × (1 - 0.01) = 0.078

これではマンモグラフィ検査が陽性でも乳癌と診断するためにはさらに別の検査が必要になる。

この理由も手伝って、年に1回のマンモグラフィ検査を推奨すべきかどうかで意見が割れているのだ。



さて、いかがだっただろうか。

これがエピソードの悪魔に踊らされないために最低限知っておくべき3つの概念だ。

本当はもっと多くの事例や、説明を加えたかったが、長くなりすぎてしまうため、このへんにしておこう。

この3つの概念を知ってもなお、私たちはエピソードの悪魔やその他バイアスに踊らされることになるだろう。

しかし、皆さんが何かの情報に触れたとき、願わくばこの3つの概念を思い浮かべて欲しい。

今までより、少しでも多く合理的な判断をすることによって、少しだけでも世界が良い方向に動くと嬉しい。

この記事が読者の皆さんの人生の一助になることを切に願う。



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