【#Mood】エピソードに潜む悪魔(前編)
人に何かを伝えることは難しい。
皆さんも誰かに何かを伝えようとした経験はあるだろう。
「メラビアンの法則(Mehrabian's rule)」によれば言語情報だけで相手に伝わっているのはわずか7%だという。
それはさておき、私は人に説明する際にしばしば具体的な事例を取り上げる。それはそうすることが有益であると認知心理学の調査で明らかになっているからだ。
真に迫る事例は文脈から切り離された抽象的な説明よりも説得力があり、理解しやすく、印象にも残りやすい。
その一例として(やはり事例を使いたい)次の一節を読んでみて欲しい。
「節制の道から外れれば代償は大きく、また怠惰も身を滅ぼす。適度に精進することが成功への道。」
非常に抽象的な文章で、なんの脈絡もない。理屈はわかるがこれが当てはまる状況が思い浮かばないので、少し時間がたてば皆この一節のことなど忘れているだろう。
では、次のストーリーを読んでみて欲しい。
伝説的な大工であるダイダロスとその息子イカロスは塔に幽閉されてしまう。ダイダロスは鳥の羽を蜜蝋で固めて翼を作り、二人は空を飛んで脱出した。
父ダイダロスはイカロスに「蝋が湿気でバラバラにならないように海面に近付きすぎてはいけない。それに加え、蝋が熱で溶けてしまうので太陽にも近付いてはいけない」と忠告した。
しかし、自由自在に空を飛べるイーカロスは自らを過信し、太陽にも到達できるという傲慢さから太陽神ヘーリオス(アポローン)に向かって飛んでいってしまった。
するとみるみる翼は溶けていき、たちまちイカロスは翼を失い青海原へ落ちていった。
これは有名なギリシア神話「イカロスの翼」の一部だが、最初に示した抽象的な一節と概念的に同じ主張がなされている。
簡潔さでは劣るが、印象の強さではこちらが勝るのではないだろうか。
具体的な事例は抽象的な記述に比べ、はるかに影響力が強く、印象に残りやすいのである。
それに伴って説得力も格段に上がるのだ。
「説得」を辞書で調べると「よく話して、わからせること。説き伏せること。」とでてきた。
つまり、相手の理解度を高めることが説得の重要項目なのである。
その意味で事例を用いるというのは非常に有益であることが見て取れる。
しかし、具体的な事例やエピソードが影響力を発揮しすぎることが多々あり、それにより合理的な判断を阻害してしまうことが問題になることがある。
新型コロナウイルスが流行した2020年からの三年間で良く耳にしたのは、「祖父は高齢だが無症状だった。所詮だだの風邪以下なんだよ」、「手指消毒しなくても感染しなかった友人が沢山いる」というような荒唐無稽なエピソードだ。
多くの人にとって多数のサンプルによる科学的なエビデンスよりも、友人からの一つ二つのエピソードの方が影響力があるということだ。
では多くの人が科学的なエビデンスよりもエピソードを信じてしまうのはなぜか。
それは多くの人はその数字の意味を完全に理解できないからである。
私たちがそのような荒唐無稽なエピソードに踊らされず、合理的な判断をするためには最低限、3つの概念を知っておく必要がある。
今回は長くなってしまったので、後編でその3つの概念について書こうと思う。
乞うご期待^^
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