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東大サッカー部の運営に「ティール組織」を導入した話②

前回ですが、東大サッカー部にティール組織を導入した話、と言いながら導入するまでの話で終わってしまいましたが笑、今回こそは導入してどうだったのかについて話します。
まずは導入して良かったことについて書きたいと思います。

私は指導者として3年目だった昨シーズンにティール組織を導入し、1年間組織の中で組織が変化していく様子を見てきました。
チームを離れた今シーズンは、コロナ禍なども影響して残念ながら近い距離でウォッチできていないのですが、私が知る限りは引き続きティール組織のフレームワークを活用していると認識しています。

先日発表された東京大学ア式蹴球部とモラス雅輝さんがU-23チームで監督を務めるFC Wacker Innsbruckとの提携についても、昨年組織された「国際的活動」というユニットが1年越しで成し遂げたものです。
昨年の在籍時には意識していませんでしたが、このユニットもよくよく考えてみると中心になっているのは当時2年生以下のメンバーであり、従来の”年功序列的な”組織構造とは異なることがわかると思います。

とはいえ、私がここで書けるのはあくまで私が見てきた昨年1年間の話であり、現在の状況とは多少の乖離がある可能性がありますので、その部分についてはご了承ください。

ティールを導入したことによる変化

ティールを導入したことで、組織構造やその運用方法は大きく変化しました。

テクニカルスタッフや広報などの各ユニットは、それまでは上級生が基本的に就く”〜〜長”が中心となるトップダウン型の構造を持っていました。
しかしティールを導入したことにより、細分化されたプロジェクト毎のユニットそれぞれが独立して企画や意思決定を行えるようになりました。

意思決定についても、それまでは上級生や役職者にいわゆる”お伺い”をたてなければならなかったのですが、それも「助言プロセス」を経由することで全員が意思決定を行うことができるようになりました。

「助言プロセス」とは、個人が意思決定を行えるティール組織だからこそ推奨される意思決定時の相談フェーズであり、いわゆるセーフティネットです。
詳しい説明は以下のようになります。

組織のメンバーは全員が意思決定権を持つ。ただし意思決定を下す前には、関係者とその問題に詳しい人に助言を求める必要がある。助言を聞き入れるか否かは、助言をした人が誰であれ意思決定者に委ねられる。

また、これらのユニットへの権限委譲により、前回の記事で説明した”幹部”は制度上は消滅しました。
ティール組織であっても、緊急時には一時的にトップダウンで速やかに意思決定を行う必要がある場合があるので、”マネジメント”という名前も役割も異なるユニットに変化しました。

これらの組織構造の変化に伴い、細かい変化ですがコミュニケーションツールもLINEからSlackへと変更しました。
Slackに限らず、今日ではこれだけSaaSが注目されてるわけですが、これはコミュニケーションツールの違いによって組織内外のネットワーク構造が変化することが意外に大きな影響を持つことを表していますよね。

ただ、この辺は気にしてる集団とそうでない集団で意識の差が大きいと感じます。
部活とかスポーツチーム、あるいは古めの体質の組織ってこの辺にすごく疎くて、逆に感度が高い組織はセキュリティの面も含めて相当社内コミュニケーションツールへの意識が高いなと。
SaaSへの熱狂ぶりを見ると意識が高すぎる組織も見受けられますが、、笑

まあとにかく、コミュニケーションツールがSlackに変更されたことで、

・ 情報の透明性が格段に上がる(ほとんどのチャネルはオープン)
・ プライベートとア式でツールを分けられる
・ ユニット/サブユニット毎にチャネル(トークルーム)が作成できる
・ 多数のチャネルが作成されても煩雑になりにくいUI

といった変化が明らかに見られました。
特に重要なのは情報の透明性が上がったこと、それぞれのチャネルを一覧しやすいUIでしょうか。

情報の透明性についてはティール組織を実現する上で必要不可欠で、これによって情報格差による分断や非公式な階層構造が生まれるのを防げます。
また、複雑系マネジメントの観点からも情報のスループットはネットワークを繋げるという点で重要視されます。

導入によるメリット

ここまで、ティール組織を東大ア式に導入したことによる変化を良いも悪いもなく中立的に列挙してきました。

これらの変化に伴い、いくつかポジティブな変化がチームに見られました。

・ 能力のあるプレイヤーや下級生が運営に参加できるようになった

それまでの東大ア式では、運営能力の高いメンバーでもプレイヤーである場合には積極的に運営に参加しないパターンがよく見られました。

これはおそらく、”幹部”と呼ばれる中枢機関で意思決定をするときのコミュニケーションコストを嫌ってのことだったと認識しています。
幹部に意思決定権が一任される代わりに、ミーティングの量は増えて時間的拘束も大きな負担になっていました。

そのことで運営へ参画することを敬遠する選手も多く、”選手一筋”だったあの先輩が就職したらバリバリ仕事できることが発覚するということも珍しくありませんでした。
これは”(プレイヤーも含めて)東大生によって運営される組織”である東大ア式にとっては損失でしかありません。
「そんなに仕事できるなら現役のうちから運営やってよ!」と正直何度も思いました(笑)

一方ティール組織の場合は、ユニットごと、あるいはさらに階層の低いサブユニットやプロジェクトユニットごとにメンバーがアサインされます。

そのため、例えば「運営能力は高いけどあんまり時間は取られたくない選手」は興味のあるユニットの活動にのみ参加することで、各個人にあったコミットメントで東大ア式に貢献することができます。

ティールを導入したことによって、プレイヤーであっても積極的に運営に参加してくれる選手の割合は飛躍的に増加しました
これはプレイヤーにとっても組織運営のトレーニングになりますし、これまでとは異なる角度でサッカーという競技に接点が持てるという意味でもメリットが大きいように感じています。

サッカーは本来多様なステークホルダーとの関わりこそが本質だということに触れられる機会は、実はプレーヤーにとってはあまり多くないですからね。

また、下級生でも能力や意欲の高いメンバーはすぐさまいずれかのユニットで中心的な役割を担うことになります。
元々ア式は上下関係については全く厳格なチームではないので、こちらについては制度を整備したことによって一気に進んだ感があります。

冒頭でも述べた国際的活動のユニットや、前回触れた強化ユニットなど中心になって活動しているのが3年生以下だというユニットはもはや当たり前です。
そこには学年的な上下関係も、役職としての上下関係も基本的には存在しないので(あるのは役割の違いのみ)、能力や意欲の高いメンバーにとっては無駄なストレスを感じずにすむ環境になったと言えるでしょう。

・ 非常勤的な部員の存在が認められた

部員の様々なコミットメントを引き出すという点において、私がもうひとつ気になっていたことがありました。
それまでア式は、部員に対して”1番”の組織であることを強要してきました。

学生スタッフについてはシフト制で週6の活動の全てに参加しなければならないわけではないですが、公式戦についての出席義務などの制約を一律に部員に課してきました
他のサークルやインターンなどの活動を並行するのは自由ですが、最優先はア式であることを比較的当然のこととして要求していましたが、このことに長らく疑問を感じていたのです。

ア式を優先するということは、そのために後回しにされる組織があるということです。
そう考えるとア式が無条件で優先されるべきだというのは、ひどく傲慢な話だと思ったのです。

部活や学生組織に限らず、組織は得てして内向的になりやすく、外界との境界を明確にしたがる傾向にあります。
そのため、自分たちの活動を最優先しない部員の存在を認めることは、自分たちの”一体感”を損ねるという意見も見られました。

とはいえ何回か話し合った末、「他の活動をしながらでもア式やサッカーに関わりたいという思いを摘んでしまわないように」ということでまとまり、部分的に非常勤的な部員が認められることになりました。

ティール組織という文脈でも、メンバーの価値観やライフスタイルを尊重する「ホールネス」という考え方が柱のひとつになっています。

昨年の段階では、それに値するスキルやモチベーションを有していて、欠席理由をオープンにすることや参加可能な場合は基本的にア式の活動に参加するということをルールに”スペシャリスト”という名称で部に加わることになりました。

その1人が、この記事でもたびたび登場している”国際的活動”のユニットを作った王方成くんです。
彼はインターンや企業など様々な活動に興味を持ちながら、それでもサッカーに関わりたいと言ってくれました。

彼のような人材を”サッカーに専念しないとダメだ”などと言って切り捨てなかった結果、ア式はこのレベルの大学サッカー部としては非常に先進的なヨーロッパのプロクラブとの提携を成し遂げることが出来ました。

これはサッカー界、もっと言えばスポーツ界全体に対しても非常に示唆的な事例だと言えるでしょう。

・ 様々なユニットやプロジェクトがボトムアップ的に立ち上がるようになった

権限を委譲し、意思決定の際にいちいち”お伺い”を立てる必要も無くなったので、ユニットやプロジェクトが自発的に作られるようになったこともチームとしての成長でしょう。

今回何度も言及されている国際的活動ユニットは、当時1年生だった王方成くんと当時2年生だった”世界一周男”でお馴染み石丸くんが中心となって発足させたユニットです。(石丸くんの記事は以下に貼っておきます、とても興味深いので是非こちらもご一読を)

”幹部”が管理する中央集権的な運営手法では、中枢機関の運営能力やキャパシティがどうしてもボトルネックになってしまいます。
ティールの利点のひとつは、権限を委譲したことで種々のユニットから同時多発的に意思決定を行うことができることです。

いや本来は官僚主義的な階層型組織でも、業務は部署毎に細分化されるので意思決定は同時多発的に行われるのですが、それが承認されて実際にワークするまでのスピード感はティールの方が間違いなく上です。

・ 学生主体でもこれまでよりもシビアな意思決定ができるようになった

大学の体育会において、シビアな判断を下すことができる運営の実権は私が知る限りの団体においてOB会であることがほとんどです。
金銭的な規模が大きい問題や中長期的な問題であるほどそこにはOB、すなわち”大人”の介入の度合いが大きくなります。

これは、社会に出て実際に金銭的なやりくりを経験していないことが普通の学生はどうしてもこの辺の”切迫した問題”に対する意識が低い傾向はどうしてもあります。

しかし、ビジネスの現場で活躍する22歳など今日ではさほど珍しくもありません。
能力的に見ても彼らは東大生ですし、実際に社会人になったら多くの人が様々な業界で活躍していることを見ても、彼らに最も足りないのは実戦的な経験値なのではないかと考えました。

そしてそれはティール組織を導入し、実際に企業に対するスポンサー誘致を行うプロモーションユニットや林陵平監督を招聘した強化ユニットなどを中心に、外部の大人と関わり合う機会が増えたことで確信に変わりました。

進学校出身の学生が多く、同質集団の中で長い時間を過ごしてきた彼らは、オープンなコミュニケーションに課題を抱えていることが多いですが、大人と話す機会が増えたことで、プレゼンや交渉、あるいはたわいもない雑談の質や量は徐々に成長していたように感じました。

重要なのは、学生が彼らの判断で組織にとって重要な決断を下すということです。
以前であれば”OBの誰か”がいくつかの選択肢を提案し、レールを敷いてもらって下してきた意思決定を、今度は彼らがノウハウを自分なりに獲得しながら行うわけですから、彼らにとっては質の高い経験が積めるようになるでしょう。

数多くのメリットは得られたが…

ここまで見てきたように、東京大学ア式蹴球部にティール組織を導入するチャレンジは、様々なポジティブな変化をチームにもたらしました。

入部当初私が感じていた”部活的”な年功序列システムや、マンパワーに頼った原始的な運営などの課題の多くを大きく改善することができました。

これは単にティール組織を導入したということだけによる変化ではなく、それ以前の階層的な組織構造を作り上げるところから始めた3年間の地道な積み上げがあったからこそだと考えています。

しかし様々なベネフィットを享受した一方で、たった1年間という短い時間で急ぎ足で組織を変えようとしたことで、様々な問題点や課題もまた見えてきました。

前回の記事でも触れたように、ティール組織や未来的な自主運営型組織のスキームは、それ自体はまさに理想の組織を体現したような甘い文句ばかりが取り上げられます。
一方で、それを実現するのは当然簡単なことではなく、実践したからこそ難しさや挫折も多く感じました。

次回はそのような課題の部分、ティール組織を導入した”影”の部分についてもしっかり触れていきたいと思います。

次回は早めに更新するつもりです!ではまた!

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