俺は俺の責務を全うする

備忘録として昨日の試合と新たな視点としての審判のあり方を。


試合

試合の流れ、各時間帯における全体的な空気感がみえてきた。
→今はこういうプレーを増やそう。
例 序盤で相手が枚数かけて前からガツガツきてるなかで回そうとしていたから窮屈になっていた。実際に足元を狙われてボールを失うシーンが散見した。
→相手をひっくり返して背走させるようなロングボールを蹴り込み、オープンな展開にする。誰も走っていなくてもOK。味方が反応していればグッドり
→周りに伝える。


ボールを収めながら、だいぶ広く周りが見えるようになってきた。フライングスルーパスの感覚が出てきた。
もともと出来てたのか?でも新たに見える感覚がある。精度はまだ怪しいけど、数本綺麗に通せたシーンもあった。味方との連携の時間を積み重ねれば、相互に合ってきて精度が上がりそうな兆し。

結果的に、今日の相手の闘い方に上手く対応して、かつ新たな攻め方へのキッカケを作ることができた。

守備面は、目の前の相手がボールを保持している時に相手の細かい動きや視野の取り方をしっかりと観察せずに突っ込むと無駄に振り回されることがある。だいたい相手に簡単にいなされたり、外された時は自分の注意力が問題になっている。
厳しくいく時やインターセプト狙う時も相手の動きや周りの状況を把握して初めて良い形で成立するものだと感じた。
そのためにはやっぱり素早い頭の切り替えが最も重要。攻守が入れ替わった瞬間に首を振って状況を確認して、自分の取るべきポジションや狙うべき相手も出来る限り早く把握する。それが大前提。そのためには、まず自分のポジションに先に戻ることが大事。まずここから。ボールを奪われた瞬間に全体で勢い持ってプレスかけに行く時は、ボールやただ近くの相手目掛けて激しく奪いに行く。

相手が少しボールの処理をし損なった時について勢いを持ってとりに行く場合に考慮しておくべきことは、その相手が技術に自信があるかどうか。もしなさそうな相手ならば、迷わず奪いに行く。ありそうな相手であれば、様子を見ながらプレッシャーをかけて、決定的なミスを待つ。
この観察は試合が始まってからつぶさに行う。この選手は、技術に自信なさそうだなとか、がつがつ来るタイプだなとか、スピードで勝負してくる相手だなとか、特にポジション的に自分がマッチアップする相手の情報を素早く把握して、闘い方と判断を整理する。


審判
大前提として、プレーヤーと審判の立場は全く別物。ゆえにプレーヤー感覚でピッチに立ってはいけない。プレーヤー感覚で動いたり、視野を確保すると、局面の接触やアフターファールを見逃しがちになる。

なのでひとつひとつのプレーをしっかり見て、頭の中でジャッジしていくことが大事かもしれない。まずしっかり見る。そのためには、できるだけ良いポジションで見ることが大事。良いポジションを取るためには、物理的な距離と角度がポイント。適切な距離まで近づけているのか(だいたい遠くてわかりにくいというパターン)、角度をつけて見やすい位置をとれているのか。
良いポジションを取ることとホイッスルを強くしっかりと吹くことさえ徹底していれば、多少ジャッジに問題があったりしても、自分自身もプレーヤーも納得できるはず。
あまりうごかずいつも真ん中にいながらジャッジする審判や、弱弱しい笛の吹き方をする審判はどうしても信用していいのか迷うし、頼りないなと思ってしまう。それは自分がプレーヤーとして試合する時にいつも感じることだ。でも、責任感をもってアマチュアとはいえ、やれる範囲で精一杯やっているという印象を持つ審判であれば、怪しい判定があったり、多少失敗しても全然OKに思える。仕方がないなと思える。

動きとしては、止まってみることが大いに使える。
選手の動きの矢印と逆に位置取ることが大事。選手と同じ方向に同じスピードで動くとボールが選手の陰に隠れがちになる。これはプレーヤーとして試合する時も同じで、周りの動きの逆を取ったり、変化をつけることで見えやすい位置を取れる。出し手も受け手もお互いに。審判であれば、ボールへのコースが見えてくる。

とまってみるという動きをしてから、物事がひとりでに動いてくれているという感覚がある。自分が止まってみることで、周りの動きが勝手に変化していき、それを見ながら自分が取るべき適切な動きやポジション取りができるイメージ。

あとは精神面。
とりあえずやいやい小言や文句を言われがち。でもこれは仕方のない事。なぜなら、プレーヤーは必ずどちらか側の陣営にいるわけで、感情的になった時に自チームを支持するために文句を言うのは当たり前のことだから。僕も今はだいぶ減ったが、プレーヤーとして審判に対して愚痴ってしまうこともある。どれだけ自制しようとしていても、やっぱりみんな人間で自分のチームが勝つためにひとつひとつのプレーにいろんな感情が入り込んでくるから。
ただ審判はどちら側の人間でもなく、完全に中立で客観的な存在。なので、大前提として最も感情的になりにくく、ジャッジも公平であるはず。なので、どれだけ周りのプレーヤーやベンチの人たちに文句を言われたとしても、自分を信じることを止めてはいけない。なぜなら、立場として、自分が最も客観的で公平なところにいるから。

とはいえ審判も人間なので、ミスもするし感情的にもなる。ミスは上記のとおり、適切なポジション取りとホイッスルの強ささえしっかりしていれば、全く問題ない。(あくまでアマチュアレベルでは。プロはまた別問題)ジャッジの精度自体は経験を積み重ねていくことで増していくはずなので、繰り返しやってみるしかない。
ただ最も犯してはならないのは感情的になること。周りに不平不満を言われたりして、怒ったり、悲しんだり、自己を卑下して、周りの小言になびいてしまったり、影響されてしまうという事。これはあってはならない。なぜなら誰の益にもならないから。自分も自信を失って嫌だし、周りも釈然としない。試合の成立を妨げることになる。

週一の社会人サッカーというせっかくの楽しみを審判のあり方ひとつでぶち壊しにしてはいけない。それは自分自身に対してもそう。疲れているからといって手を抜いたり、他人に判断を委ねてしまうと、良いことはない。プレーヤーに審判が疲れているからやる気がないとかなると言語道断笑止千万。もやもやのまま終わる。自分も周りもみんなもやもやに終わる。
なので、自分も周りのサッカー仲間もみんな納得して、充実感を持って終えられるように、ど素人の審判であれ精一杯自分のあり方を問いながらやるのが大事。


そして人生のあらゆる場面で同じ。常に自分のあり方を問われている。そこさえ見失わなければ、自分を信じ自分を生きていく事ができる。

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