束の間の幻影
・・・何かの影だ。
隣人が騒いでいる。駄目だったのだ。
影は私の前に座り、一言告げて、消えた。
柱時計の長針が、音をたて動く。狭い壁に夕影が、窓辺の人形を映し出す。
私は微動だにせず横たわっている。
そのうち啜り泣きが聞こえてきた。何か犬の遠吠えの様な、恨み言をいう女の様な、様々な音影が漫ろ歩いて鼓膜に触れては去ってゆく。
伝言を伝えに行こうか、行かまいか。
今行くのはまずい。
際限無く暗い光彩が窓外に吹きすさぶ。野分の季節だ。からからという風の音を聞くうちに、何を見たのか、忘れた。
・・・ましてや、何を聞いたかなど。
了(1999・11)
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