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金紋考

先日、日頃よりお世話になっている四谷三丁目のお店の店主が、こんなことをつぶやいていました。

気になったので、調べてみました。

金紋ってなに?

「金紋」を辞書事典で調べてみると、次のようなことが出ています。

きん‐もん【金紋】〔名〕金箔で表現した家紋。家の格式を表す標識とし、大名は挟箱(はさみばこ)の表につけて行列の際の供揃(ともぞろえ)の必需品とした 【日本国語大辞典】

きんもん 金紋 金にて描いた家紋女乗物の紋散し、稀には鞍覆合羽などにもあるが、挟箱の金紋をいう。江戸時代武家が供立に携行する挟箱の黒塗りの蓋の上に舁棒を挟んで左右に各一箇その家紋をすえ、打物道具などともに行列の主の標識とした。金紋は先例・家格により特定の大名・旗本(三十家)に許された。岡山池田家は国主ではあるが黄紋であった。普通は黄、稀には赤色などを用いた。
参考文献 松平太郎『江戸時代制度の研究』【国史大事典】

どうやら、ただの金箔の家紋というだけではなく、黒塗りの挟箱につけられた紋、しかもそれを大名行列では標識にするとともに、家の格式によって使用できる大名が限られたようですね。

※余談ですが似たような位置づけを持った道具として槍をあげることができます。槍も大名行列の中で目立つ道具で、槍持ちの任に当たることは大役だったと、講談『榊原の槍 槍持ち甚兵衛』などではされています。

さてこの目立つ挟箱の金紋ですが、具体的にはどの家が使えたのでしょう?

市岡正一『徳川盛世録』(明治22年)によれば、以下の家が金紋を用いていたとの記述があります。(本書では、聞き書きと自らの記憶をベースに記述した、としているため、厳密には史料の比較検討が必要ですが、ここでは紙幅の関係上割愛します)

尾紀水三家(尾張・紀伊・水戸の御三家のこと)、加賀(前田家)、薩摩(島津家)、仙台(伊達家)、越前(松平家)、因州(池田家)、阿州(蜂須賀家)、久保田(佐竹家)、対州(宗家)、喜連川(足利家)、高松、津山、明石、会津、浜田、高須、西条、守山、常陸府中(いずれも松平家)は金紋先箱なり、長州(毛利家)は黄長革掛内金紋、盛岡(南部家)、弘前(津軽家)、松江、糸魚川は赤長革掛内金紋、広瀬、母里は黒長革掛内金紋、松山、忍(ここまで松平家)は二乗革掛内金紋、八戸(南部家)は青長革掛内金紋、(以下略、カッコ内は筆者註)

藩名を見るより、家を見ていただいたほうがいいかもしれません。いずれも大藩といわれる国々と、松平家の並びとなっています。ここからも「金紋」が、家の格式の高さを示すものとなっていることが想像できます。

まとめますと、金紋とは、もともとは大名行列の先頭をいく家紋が金色にすぎなかったのを、転じて「格式が高い」という意味を成していったと考えられます。

日本酒の「金紋」ってそもそも誰向け?

ここについては、手元にあいにく史料がありませんので、想像を膨らますしかないでしょう。

本稿執筆時点で、google先生の力を借りて、金紋を名乗る酒造・銘柄をあたると、次の通り出てきます(金紋錦については改めて項を立てますので、ここでは触れないことご了承ください)。なお全てを網羅しているわけではないので、その点ご了承いただければ幸いです。

酒造名

金紋秋田酒造株式会社(秋田県大仙市) 代表銘柄:山吹
合資会社金紋酒造(石川県小松市、現合資会社西出酒造 代表銘柄:春心

銘柄名

金紋両國株式会社角星、宮城県気仙沼市)
金紋 真鶴(株式会社田中酒造店、宮城県加美郡加美町)
金紋奥の松奥の松酒造株式会社、福島県二本松市)
金紋 會津会津酒造株式会社、福島県南会津郡南会津町)
金紋 清瞭(株式会社町田酒造店、群馬県前橋市)
金紋世界鷹株式会社小山本家酒造、埼玉県さいたま市)
東薫 金紋東薫酒造株式会社、千葉県香取市)
金紋ねのひ盛田株式会社、愛知県名古屋市)
蓬莱 金紋小町桜有限会社渡辺酒造店、岐阜県飛騨市)
金紋 白嶺ハクレイ酒造株式会社、京都府宮津市)
金紋 春鹿株式会社今西清兵衛商店、奈良県奈良市)
金紋 金鼓株式会社大倉本家、奈良県香芝市)
十八盛 金紋十八盛酒造株式会社、岡山県倉敷市)
広島上撰金紋 白牡丹白牡丹酒造株式会社、広島県東広島市)
金紋賀茂鶴賀茂鶴酒造株式会社、広島県東広島市)
綾菊 金紋綾菊酒造株式会社、香川県綾歌郡綾川町)
金紋 東長瀬頭酒造株式会社、佐賀県嬉野市)

15銘柄越えましたし、東北から九州まで広くカバーできたのでよしとしましょうか。。。結構疲れるんですこの作業。
ほかにも「金紋ソース」や「金紋味噌」の項目もありましたが、本稿では割愛させていただきます。また、ほかにも酒蔵が廃業したところ、或は名称を変えたなどで今は無き幻の金紋が多々あるのかと思います。

実際に苦労してみてわかったのは、「金紋」という銘が入ったお酒、地元向け流通のものが多いような印象を、東京在住の筆者は受けます。特定名称でも、普通酒としたり、本醸造とする蔵元さんが多い印象を受けます。さらには、大手が積極的に手掛けるより(国内シェアで大手といえる小山酒造本家さんも、金紋世界鷹は地域限定で売っている模様)どちらかというと地元密着のいわゆる「地酒蔵」といわれるところが扱っている印象を受けます。(白牡丹や賀茂鶴はどうなんだという声もあるでしょうが、筆者個人はどちらも「地酒蔵」という認識ですし、あくまでも全体の傾向としてです)

まさに、THE 地酒。
ここで唐突に「地酒」や「地酒蔵」という言葉を使用しましたが、この言葉(概念)については、Sake Streetさんの連載「酒スト的地酒論」を参照いただけると、ご理解の一助になるかと思います。

余談ですが、こういう「金紋」がついた、いかにも地元限定のお酒、筆者の大好物です。旅行行ったら買ってきてとお願いするタイプ。


では、あらためて、なぜ日本酒の銘柄に金紋が使われたのか考えてみるに、先述した「金紋」の意味を考えると、「金紋」という言葉の指す「格式の高い」イメージを酒銘に入れることで、他社との差別化を図ろうとした、今でいうところの商品ブランディングに用いられたのではないか、と考えます。

他のお酒でもありますよね、「スーパー」とか「ゴールド」とか「プレミアム」とかつくやつ。それと似たようなものだと思います。

では、なぜ差別化を図ろうとしたのか、という話になってきますが、これはおそらく生産者間競争が激しくなったことが背景にあるといえそうです。
(この背景については現在執筆中の貧乏徳利雑録(後編)にも記載の予定ですが、明治以降に飲酒の習慣が全国規模に拡大したことで、日本酒の生産・需要共に大幅に伸びたことがあげられます)

本当は、「金紋」が使われた地域性なども考察の対象にできれば面白いのでしょうが、上述の通り今は無き金紋も多く存在するであろうこと、および紙幅の関係(正確には筆者の下調べと考察が追い付いていないため)で、読者の皆様にゆだねたいと思います。

なお、金紋に呼応する形として「銀紋」という酒銘もあります。
(両関銀紋、飛良泉銀紋、越乃銀紋 白露、東長銀紋、太平山銀紋、銀紋真鶴などなど…秋田県に多いのが印象的ですね)
こちらについては、銀紋自体が挟箱になかった(だろう)ことからして、あくまでマーケティング上の観点でよりお手頃感のでる、「金」に対する「銀」、ほかの表記を借りるなら「上撰」に対しての「佳撰」という扱い、といったところでしょうか。稿をおこすなかで「そういえば」とアドバイスをいただいたので、メモ程度に書き残す程度にしておきます。

まとめ

まとめるほどの内容にもなっていない調べものですが、

①金紋はもともと「格式の高さ」を表すものとして江戸時代に通用する符牒だった(と考えられる)。
②日本酒にいつ頃「金紋」の文字が縁付くようになったかは不明だが、地方の蔵元が地域内で激しくなった生産者競争で差別化を図るべく、格式の高さをイメージできる「金紋」の銘を使用し始めた。

いまや、日本酒全体のマーケットは縮小する中で、「純米吟醸」に代表される特定名称酒が孤塁を保っている状況。全量純米蔵に転換、全量純米大吟醸蔵、などといったニュースも出る中で(筆者としてはこうした傾向は生き残り戦略および文化継承という点で評価しています。楯ノ川も獺祭もおいしい!)おそらく今後「金紋」などの酒銘は普通酒とともにどんどん珍しくなっていくのかと思います。なくなると、忘れられます。世の中そんなものばかり。上に何度も記載させてもらった通り「今は無き」金紋も銀紋も数知れずあることでしょう。そうしたものへの追憶も込めて、本稿を締めさせていただきます。


こんなところでしょうか。まだまだ物を書くには未熟さを感じさせられる調べものでした。ここまで付き合ってくださった読者の皆様、ありがとうございます。まだ、もうちょっとだけあります(笑)


余録:金紋錦との関係

こちらも、いろいろ考えてみました。手元の副島顕子著『酒米ハンドブック 改訂版』(平成29年)には以下の通り、記載があります。

長野県の統一銘柄「金紋信州」を生産するための、心白のきれいな酒米という意味で命名。

金紋信州については、筆者も知見を持ち合わせておらず、読者の皆様にさらなる議論・考察をお願いしたいところです。ただ、金紋錦(酒米)については、1964年に県の生産奨励品種として指定されるも、栽培の難しさなどから栽培は細々と続いていたそうです。

ということで、恥ずかしながら、こちらについてもわからないことばかりです。一呑兵衛に過ぎない筆者より、詳しい方はたくさんいらっしゃることでしょう。本稿ご笑覧くださった読者の皆様が何か情報をお持ちでしたら幸いです。その際は、ぜひ「日がさ雨がさ」の店主まで!



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